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道化師は啼かない
第8章 それぞれの終幕
「すまなかった」

 朝日が差し込み鳥が囀る住宅街のはずれ。
 シャッターの下りた店の二階。
 背の高い男は静かに膝を突いた。
 地面から数十センチ浮いた少女にひれ伏して。
 もう反応することはないと知りながらも。
 両手で顔を覆い、深く息を吐く。
「本当にすまなかった……八年間、そんなにもお前の憎しみが強いなんて。否、そうしたのは間違いなく俺だ」
 フードに指をかけ、そっと外す。
 日差しがその顔を照らした。
 かつて久谷リョウだった男を。
 女池水鶏の遺体が風に微かに揺れる。
 足元には体液の水たまりができていた。
「けど俺も、もうハルを見守るのは終わりだ……この男に返すとするよ」
 久谷イスズが亡くなって、一年後。
 病院から退院した久谷リョウはその足のまま自宅があった場所に行き、手首を切った。
「ハルには謝っても済まないことをさせてしまった。元凶は俺なのにな。悪戯に殺人にけしかけて、この男の人脈を利用していたんだ。俺も憎しみに駆られていただけかもしれない。どこかで息子のそばにいられる歪んだ快楽も伴ってな」
 雀が窓枠に止まった。
 ピチュピチュと鳴き声が響く。
 リョウはそれを暫く眺めて、それからゆっくり横たわった。
 目を瞑る。
「昨夜も全部見ていたよ。君にはつらい思いをさせた。どうか地獄で俺を永遠に苦しめてほしい。それでもう現世に現れなくて済むのなら」
 遠くで猫の鳴き声がした。
 シャッターをカリカリと引っ掻きながらヘレンが鳴く。
 けどもうリョウに身体の支配権はなかった。
 この男は自分とよく似ていた。
 いろんな犯罪も犯してきた。
 この子の死くらいは背負ってもらおう。
 君のせいになんてしない。
 それが、俺が出来る唯一の罪滅ぼしだ。

 雀がぶるっと身を震わせて飛び立つ。
 バタバタと懸命に羽を動かして。
 地面すれすれまで低空飛行をすると、ヘレンの興味を引き付けて黒猫を連れて飛び去って行った。


 捜索願が出されていた女池水鶏が見つかったのは翌日のことだったという。
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