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道化師は啼かない
第8章 それぞれの終幕
 カランカラン。
「いらっしゃ……」
「ただいま」
 胡桃が真っ赤になって涙を浮かべる。
 マスターが来なくなって三週間。
 ハルも姿を現さなくなり、独りだった期間が長すぎた。
 その白い髪の少年は、まさに天使のようだった。
「蕗!」
 カウンターから飛び出して抱きしめる。
 少し痩せた手で何度も頭を撫でながら。
 出て行った三年前から変わらない小麦色のカーディガンに包まれて、蕗は恐る恐る抱きしめ返した。
 ぎこちないその手には、くしゃくしゃになった契約書の束が握られていた。
「ボクはもう辞めることにしたよ」
「ええ。ええ……良かったわ。本当に良かった。待ってたわ」
 温かい胸元に張りつめていた糸が切れるように甘えた。
 どうして早くここに帰ってこなかったんだろう。
 蕗は自分の意地の幼稚さに苦笑する。
 ハルやマスター、さらには管轄外の岸直輝とすら言葉を交わしていたのに。
 一番大事にすべき人をただ見失っていた。
 けど、これからというにはもう遅すぎた。
 父に似てくる顔と、発達する身体にもう耐えられなかった。
 何度もターゲットと相打ちを図ってきたけど、いずれも成功はしなかった。
 だから。
 だから見つかったのかもしれない。
 彼女に。
 望みが一致したから。
 汚い自分をいやというほど憎みながらも周りを傷つけるしかできなかった彼女の気持ちが重なったから。
 三週間という期間を共に過ごした蕗にはもう覚悟ができていた。
 胡桃の腕の中で蕗が呟く。
「こういう母親に、なってれば良かったのかしらね。誰も苦しまずに……」
「え。なあに?」
「なんでもないよ、胡桃姉さん」
 あの時とは違う世界。
 見ている色も、触る形も、聞こえる音も。
 なにもかも。
 目の前にいる胡桃という存在すらも。
 鏡の中の自分も。

 その夜蕗は失踪した。
 どれほど探しても見つかることはなかった。
 マスターがいなくなった今となっては、胡桃はただ喫茶店を開いて、蕗の好きなジュースで冷蔵庫を埋めて、漫画の新刊をカバーの付いたまま棚に並べるだけだった。
 棚を整理していた指が止まる。
 三年前の漫画を手に取る。
 黄色く焼けたページを捲って。
「私じゃ、貴方を救うに値しなかったの?」
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