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道化師は啼かない
第2章 少女の秘密
肩までの横髪を指で摘まみ、つーっと先までなぞる。
「なんで……逃げるんですか」
いつの間にか敬語になっていた。
でも、違和感もない。
急に、道化への馴れ馴れしさが罪深く思えたのだ。
「会いたいんじゃないんですか」
「さっき訊いたよね」
人が死ぬところを見たことがあるか。
それはつまり、人が死ぬところをお前は見れるかってこと。
爪先がカタカタ震える。
電車が次の駅に止まった。
目当ての駅に。
自然と立ち上がる。
「さっきの女を追いかけるけど、体を貸してくれる?」
よろよろと歩く私に追い打ちをかける。
「いやだ」
「意地を張られても迷惑なだけなんだけど」
「なんで貴方は大丈夫だって言えるの? 今から弟が人を殺すんだよね」
雑踏の中で、なんとか背中を見失わないよう人をかきわけて進む。
彼女は波から外れて、出口に向かった。
乗継はしないんだ。
周りに人がいなくなったからか、ぶわっと彼女の周りの煙が色を増す。
狩りの合図みたい。
不謹慎なことを考える。
「確かに狩りね。あいつは獲物を散々いたぶるのが好きだから」
道化の言葉はどこまでも冷たく、感情がなかった。
どういう気持ちかなんて、わかるわけがない。
あの話のように、今も弟を大切に思っているだろうか。
そんな単純なはずがない。
弟を守るために、弟に殺された。
そんな思いが理解できるはずがない。
脚が早くなる。
「追い付いちゃダメ」
ぐっと抑えられる。
「ねえ、私の前の二人の時は、どうなったんだっけ」
「……あの子たちは、初めから標的にされてた。今みたいなチャンスは、八年待って初めてなの、彼の姿を見るのもね」
チャンス。
私が生きるという保証。
保証の裏には、目の前の女の子の死が横たわっている。
なんて、重い。
鉛の中を進むみたいに、一歩ずつ進む。
平日の昼の怠惰な空気。
道化の言葉を聞いても、現実味がない。
今から何が起こるのか、見えない展開に私は息すら難しかった。