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道化師は啼かない
第1章 序章 這う狂気
 眼を開ける。

 雑踏から抜けて、やっと目隠しを解くように。
 すぐに眼球を襲う初夏の熱気。
 眉間を指で撫で、提げた鞄の重みを確認するように揺らしながら歩き出す。
 男の肩に衝撃が走ったのはそう、二十三歩目だった。
「おい。謝りもしねえのか」
 不運にも相手は機嫌の悪い血気盛んなチンピラ。
 男は黒縁のメガネを整えて頭を下げる。
「す、すみませんでしたっ」
 二十歳を過ぎたにしては高く、細い声。
 少し震えている。
 それに更に強気になったのか、相手は男の肩を掴み凄んで見せる。
「役に立たねえメガネだな。ちょっとこっち来い」
 ぐいっと引こうとした手に指が掛かる。
 細身のスーツの袖から除く色白の手。
 見かけからは想像できない握力に少し怯む。
 男は自分の手が勝手に動いたとでもいうように、目を見開いて急いで離した。
「あっ。その、申し訳ありませんが急いでいるので」
「ふざけんじゃねえよ」
 ガッと今度は勢いよく引っ張り、路地の奥に連れ込む。
 体格差は歴然。
 優勢に立っているはずなのに、チンピラは心臓がバクバクと鳴るのを感じた。
 目の前の男を見下ろす。
 少し前髪の長い黒髪。
 サラリーマンらしいスーツに革靴。
 おどおどした空気。
 劣る面は何もない。
 なら、この寒気はなんだ。
 薄暗い路地に入った途端、男は腕を振り解いて身を下げた。
「逃げんなっての」
 つい手が動き、男を殴ってしまった。
 チンピラは自分の伸びた腕に鳥肌立つ。
 確かに殴ったのに、感触がなかった。
 まるで、男が自分の拳に合わせて引き下がったように。
 一切手ごたえがなかった。
 次の行動に移る前にブツブツと男が呟く。
「だから僕は謝ったじゃないですか。非がないとしてもこの問題を早く終わらせて仕事に向かわねばならなかったから。でも彼は満足できずに僕を殴った。その権利もないのに。どうでしょう。僕も彼を殴ってこそバランスが取れるというものです。そうです。だってそうじゃないと釣り合わないじゃないですか」
「な……なに言ってやがる」
 この暑さの中で、背筋に冷たい汗が伝う。
 身を起こした男は、右手の鞄を地面に落とした。
 これから殴る準備だというように。
「やる気か」
「一発でしたね」
 メガネを外し、胸ポケットに仕舞いながら、久谷ハルは微笑んだ。
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