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道化師は啼かない
第4章 錯覚と残り香
コツコツ。
追ってくる。
追われてる。
ああ。
きっとあいつは笑ってるんだ。
いや、涼しい顔して。
イヤホンを外してメガネを上げて。
はっきり見える。
逃げているはずなのに。
振り向いてもいないのに。
コツコツ。
わざとらしい足音。
いつでも手を伸ばせば捕まえられるくせに。
息が切れる。
もう走れない。
線路をずっと……いつから。
脚が痛いよ。
石が食い込むよ。
こんな高いヒールじゃ、逃げられるわけないじゃない。
道化も馬鹿ね。
もっと、速く走ってよ。
コツコツ。
聞こえないはずなのに。
「死ねばいいのに」
鼓膜にダイレクトに響いた言葉。
そうだ。
あの広場で言われた言葉。
なんの感情も含まずに。
いや、違う。
溢れそうな感情を抑えて?
わからない。
足音だけは確かに響いてるのに。
彼の姿は見えない。
もうすぐ列車がやってくる。
ほら。
だから笑う。
「死ねばいいのに」
存在の全否定。
その裏の感情は?
教えてくれないの。
ねえ、ハル。
教えてはくれないの。
眩い光を発しながら巨体が迫る。
金属の塊が、走ってくる。
潰れたのは頭から?
いいえ、鼻から。
吹き飛ばされれば楽なのに線路に引きずられて。
痛い。
痛い。
でももう、楽になるならいいかな。
ガツンと頭に衝撃が走る。
「起きろってのよ、こののろま!」