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道化師は啼かない
第4章 錯覚と残り香
目覚ましが床に倒れて鳴り響いてる。
それを蹴飛ばして、道化が私の頭を掴んで揺らす。
もちろんその手は私の手。
「いつまで寝てるつもり?」
ぐっしょりと濡れた額。
腕も。
脚も。
布団が湿ってる。
どれだけ汗を掻いてたんだろう。
頭がぼうっとしてる。
「麗奈」
「ごめん……変な夢見ちゃって」
「そりゃ昨日あんなの見たからそうよ」
そうだ。
フラッシュバックのように頭の無い女の子とハープの音色が蘇る。
甲高い悲鳴と怒号。
心臓が苦しい。
シーツを足で擦る。
「ねえ。あの後あなたが家に帰ってくれたの?」
「あんたが気絶するからね」
ハルという男が雑踏から背を向けたところから覚えていない。
酔いそうな人の興奮と、鼓膜を破るサイレンの音。
あの後、なにが起こったかなんて想像の範疇。
ベッドから降り、洗面所に向かう。
鏡の前に立つ。
「えっ」
こちらを見つめるのは、明らかに自分じゃない女。
私より長いカールした黒髪。
汚れた肌に、飲み込まれそうなブラウンの瞳。
透けそうな白い肌。
少女。
きっと私より三つは年下。
指で眼を擦る。
ぼやけた視界で見えたのはいつもの自分。
「どうしたのよ」
その自分が話しかける。
ひょっとして……
「ううん。なんでもない」
言いながら怖くなる。
この鏡に映る私が本当に私だって確証だってないんじゃないの。
ぞわっと鳥肌が立った腕を摩る。
顔を丹念に洗う。
時計を見上げると午前八時。
休日とはいえ眠り過ぎた気がする。
まだ重い頭を支えて部屋に戻る。
べたつく床。
あとで拭かなきゃ。
乱れたベッドに脱いだ服が散らばっている。
それらを拾って洗濯機に放る。
洗剤を投下して蛇口を捻る。
流れる水と、ぐるぐる回る衣服を眺める。
泡と水しぶきが跳ねる。
何分くらいそうしてたんだろう。
瞬きもせずに。
くらっと渦の中に倒れそうになる。
踏みとどまった足に痛みが走る。
「なにしてんのよっ」
手をついて息を整える。
「ごめん……」
夢が頭から離れない。
あの言葉も共に。