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道化師は啼かない
第1章 序章 這う狂気
「また新聞に出てたわよ。早く捕まればいいのに」
投げられた新聞を受け止める。
「またですか……鬱陶しい屑ども」
「聞こえてるわよ」
ハルは作り笑いをして紙面を広げる。
大きく見出しに書かれたいつもの文字。
『連続殺人怪事件--新たな犠牲者』
廃ビルの現場が写真で載っている。
「場所選んだらどう?」
「食事の場所は気にしませんし」
「そうじゃなくてさ。もっとこう……なんていうんだろ」
「なんです? 胡桃さんらしくもない」
名を呼ばれた彼女は頬杖をついて、むうっと唸る。
「あたしには理解できないんだよね。なんでそう食い散らかすみたいに派手な殺しをするかな」
ああ、と低く相槌を打ち、ハルは丸テーブルに背中を預け天井を見上げた。
長い足を組んで。
「獲物が暴れるのを見るのが好いんですよ……」
「サイテー」
「わかってるくせに」
胡桃は咳払いをして、空になったグラスを片付ける。
その後姿を眺めながら机の縁に指を這わせる。
「今夜も仕事?」
「ええ。三人依頼されましてね。最近は依頼ばっかだから世界に優しいですよ、僕」
投げられたおしぼりを膝を立てて弾く。
胡桃は二本目を振りかぶったが辞めた。
「レイプするかしないかの違いでしょ」
「心外です」
ハルは眼を閉じて息を吐く。
「ちゃんと気持ち良くはさせてるんですよ」
「本当に人でなしよね」
「じゃあどうしたらいいんです……」
小さな力の抜けた声でそう返してから、ハルは手を上げた。
「何人か覚えてるの?」
指先を伸ばして握ったり開いたり。
意味もない行動なんだろう。
胡桃の質問も聞こえないふりをする。
「そろそろ開店だから出てってくれない?」
「ふっ……僕はいつ来たら歓迎されるんでしょうね」
「いつでもあんたは厄介者だっての」
鞄を持って身を起こし、伸びをする。
一度は出口に向かうが、ふっと思い出したように振り向く。
「なによ」
「今日でしたね」
尋ね返す前に、彼は扉の向こうに消えた。
カレンダーを確認した胡桃は口を押えた。
涙を堪えるように。
「本当にサイテー……」
今日は、彼女の家族の命日だった。
正確には、胡桃がハルに仕事を初めて依頼した日。