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道化師は啼かない
第5章 邪な嘘
 白い塀が延々と続く坂を上がると、私の学校がある。
 深緑の制服に身を包んだ在校生が数十人。
 まるで絵画みたいにいつも決まった位置を歩いている。
 坂の頂上で突然道が途切れ、目の前の山道ではなく横にそれたところに校門がある。
 県立御笠高校。
 全校生徒千人ちょっとの中規模施設だ。
 校舎は南と北の二つが渡り廊下で結ばれている。
 どちらも四階建てで、屋上もある。
 屋上には天文部の天文ドームも堂々と添えられているが、そこに入る鍵を持つ者は少ない。
 昼休みにお弁当を食べに上がることなど夢なのだ。
「麗奈ちゃーん! 昨日はどうしたの」
 玄関で上履きを取り出したと同時に背中に飛びついてきた影。
「あ……おはよ。みんみん」
「もおー。化学の実験、麗奈がいないと全然進まなかったのよ」
 堀越未海。
 夏になるとテンションが上がり口数が増えるということからあだ名はミンミンゼミから取って「ミンミン」。
 本人も結構気に入っている。
 幼少期からの水泳で色が抜けた茶髪は首にかかる程度で、よくジーンズで歩くと男に間違われる。
 くりっとした二重に、厚い桃色の唇。
 こぶりな耳に、逆卵型の小顔。
 学年でも羨ましがられる容姿の持ち主だ。
「賢一たちは? あの理系オタクがいるじゃん」
「こういうときは本当に頼りになんないのあいつらっ。ずっと東工大の過去問の議論してやがってさー。授業に集中しろって話だよね」
「ある意味まじめだけどね……」
 苦笑しながら未海と教室に向かう。
 目指す教室は三階の一年七組だ。
「それで昨日はどうしたの」
「あ。あー……風邪?」
 嘘はもう少しまともにつきなさいよ。
 道化が毒づく。
 しゃっくりが出そうになった。
 昨日の晩からずっと沈黙を貫いて、今朝だって話しかけても反応してくれなかったというのに。
 口を手で覆った私を不思議そうに見つめる視線。
 やばい。
 どう誤魔化そう。
 言えない。
 本当のことなんて。
「なら一通くらいメールしてくれればいいのに。心配したよ」
「ごめん」
 我ながらよく今日登校出来たと思う。
 夜中に何度もうなされて、吐いて、朝食も食べられなかった。
 それでも、家で悶々と久谷ハルという人物について考察しているよりは学生の本業を全うしたほうが有意義だと判断した。
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