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道化師は啼かない
第5章 邪な嘘
「好きにしなよ」
 ヘレンが開いた窓から飛び降りる。
 タトンと地に足を着くと、雨の中ある場所に駆けていった。
「いいのか、そんなあっさり。手間が省けるけどさ。オレあんたに手出すかもよ」
「専門外ですよ、僕」
「オレには関係ない」
 ハルは脚を組み換えてクッと笑った。
「……死ねばいいのに」

 駅前のロッカーから指定された封筒を取り外に出た蕗は雨空を見上げて悪態を吐いた。
「あの直輝って野郎……」
 監禁されてた時間を思い出すだけで気が狂いそうになる。
 ぞわぞわと。
 雨による冷気のせいではない寒気。
 早く仕事に向かお。
 ハル好きはハルだけ狙えよな。
 子供虐めは最低だ。
 アーケードの下のベンチに座って封筒を開け、資料を確認する。
 端から見れば買った漫画を意気揚々と読む少年そのものの横顔。
 だがその心の内は憂さ晴らしの犠牲になるターゲットの処理でどす黒く渦巻いていた。
ーそれ、辞めれないの?ー
 ぷらぷら振っていた足が止まる。
 記憶の中の彼女の諫める声に。
 辞めないよ。
 蕗はターゲットの写真を睨む。
 このシヴァは戦神だ。
 弱きを虐げる見せかけの神様。
 父って肩書きにふてぶてしく居座る異分子。
 排除して何が悪い。
 ぐしゃ。
 手の中で歪んだ紙の束を見てハッとする。
 消えない皺を伸ばす。
「オレになんて構わないでよ……汚い汚いオレになんて。もう触れなくって良いんだよ、胡桃姉さん」
 うわ言のように呟きながら紙を手の付け根でゴシゴシ擦る。
 破れそうになるまで。
 ターゲットに父を重ねて。
 何度も。
 何度でも。
 汚いオレを生んだ汚い父を。
 消すように。
 正すように。
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