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道化師は啼かない
第5章 邪な嘘
 主人の機嫌を察したのかヘレンは直輝の腕をかいくぐり、トタトタと出窓に駆け寄り飛び乗った。
 甘えるようにその背中に身を擦り寄せる。
「なついてんだな」
 手ぶらになった直輝が口を曲げて呟いた。
「質問に答えてくれませんかね」
「そうカリカリすんなよ」
 してない。
 いや、そう言うと嘘になるか。
 ハルは天井の模様に視線を這わせた。
 嘘に、なるか?
「オレの街暫く仕事になんないだろうからさ、ここに住んであんたの仕事見せてもらうことにしたよ」
 立ち上がった直輝と目が合う。
「奇異なことを言うね」
「そうか? だってオレあんたのファンだし」
 よくいう。
「さっき僕がなんて言ったか覚えてます?」
「さあ。色々言ってたし」
 ギシ。
 木枠に体重を一瞬預けて出窓から離れる。
 目を瞑って眼鏡を外すと、折り畳んで胸ポケットに差し込んだ。
「殺してあげますよ。そう言った筈です」
 空気が色を変える。
 直輝の肌にも警戒が走った。
「あ、ああ~。覚えてる覚えてる。そんなこと言ってたな。けど、いいの? あんたのターゲットはぴちぴちの少女だろ?」
「規則や理屈を破るのは慣れてますよ」
「じゃなくて、さ」
 ヒュン。
 風を切る音にハルが素早く身構える。
 それを見て満足気に直輝が両手に巻いたワイヤーを唸らせた。
 ピンと張ったそれの強度は計り知れない。
「オレの専門は丁度あんたみたいな男なんだぜ。わからないわけないよな。専門は専門外に負けることはそうないことくらい」
 本気。
 本気だ。
 銀色のワイヤーを見つめる。
 武器は厄介だね。
 同業者同士の争いほど面倒なことはない。
 この場合得るものも特にないし。

 ああ。

 面倒だ。

 ぱたんとハルが構えていた腕を脱力した。
 そして気だるそうに歩いて長椅子に座り脚を放り出す。
「やめた」
「……え」
 直輝は拍子抜けして固まった。
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