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道化師は啼かない
第2章 少女の秘密
 今朝から彼女は不機嫌でした。
 そう。
 二日目の私よりもずっと世界にイライラしてるみたいでした。

 芦見麗奈は歯ブラシにたっぷりの粉を垂らす。
 鏡を見る時間稼ぎをするように。
 しかし、心の中で彼女はずっと足をトントン叩きつけている。
 早くしろって。
 だって、彼女は鏡を見ないと私の眼には映らないから。
 ブラシを口に含み、目線を上げる。
「おはよう」
「おはようじゃないわ。二十秒もかけないでよ、わざとらしい」
 鏡の中の自分が文句を言ってくるのは未だに慣れない。
 麗奈は誤魔化して笑うが、彼女が腕を組むので無理やり歯磨きを中断されてしまう。
「終わるまでくらい待ってくれないの」
「煩い、のろま」
 この容赦ない口調に目が覚める。
 本当に、昔から気性の荒さは変わらない。
 同じ体で過ごしているのに、なんでこんなに彼女と性格が違うんだろ。
 麗奈は泡を飲み込まないよう気を払いながら苦く笑う。

 出逢いは十歳の誕生日。
 両親がケーキを買ってくるって出かけて留守番してる時だった。
 電話が鳴って、急いでテレビから離れて取りに行ったの。
 受話器を取っても何の音もしなくて。
 そしたらチャイムが鳴った。
 帰ってきたのかなってインターホンを見るけど無反応。
 泥棒でもいるんじゃないかって家中を恐る恐る見回ったの。
 そして、洗面所に来た時、彼女にやっと気づいたの。
 あの時も鏡の中で、バットを抱いた私を見下すように睨みつけて、こう言った。
「遅すぎるのよ、このガキ」
 泣くほど叫んだのはよく覚えている。
 だって、鏡の中で自分が罵倒してくるんだもの。
 それに合わせて自分の口も動いているのがわかって、余計に怖かった。
 でも、体の支配権は私にあるみたいで、鏡の中で彼女が耳をふさいでも、私が叫ぶのは止められなかったみたい。
 あの日あの時間、両親が事故に遭ったのを知ったのはそれから二時間後。
 誕生日に私は両親を亡くし、体に住む道化の彼女に会った。
 道化というのは、彼女が自分でそう名乗ったから。
「他人の体に寄生する私は、体の持ち主を仮面にたとえてそう名乗ってるの。仮面の内側でしか生きられないなんて、ピエロみたいでしょ」
 半笑いで述べた真意はなんだったんだろう。
 彼女は寂しそうだった。
 
 そして今、十六歳。
 この心の同居人と出会って六年になる。
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