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道化師は啼かない
第2章 少女の秘密
春からやっと一人暮らしが始まったが、それまでの親戚の居候は大変だった。
たまに会話の最中でかっとなった道化が私の体を奪って怒鳴り散らしたりするから。
一度、ふざけて軽く私の首を絞めた従兄を突き飛ばし、そばにあった花瓶で殴りつけようとしたときは必死で体の主導権を争って、なんとか叔母さんに止められたんだ。
その夜何度呼びかけても、道化は出てこなかった。
鏡に立っても、見えない。
それまで遊び相手だった従兄からは引き離され、私は違う親戚の元に移った。
たまに私が首を撫でたり、掻いたりすると、今でも彼女は敏感に反応して手を止めてくる。
私の体に宿る前に、なにかあったんだろうか。
この不思議な住民のことは誰にも言えないでいる。
隠し通すのは大変だけど、言ったらもっと大変なことになりそうで。
「ぼーっとしすぎよ」
気づけば口内に唾液が溜まっていた。
一旦吐き出してうがいをする。
「もうすぐ夏休みね」
「あのね、麗奈」
彼女が深刻な声で話しかける。
「明日、連れて行ってほしいところがあるの」
珍しい。
頼み事なんて初めてじゃないだろうか。
鏡の中で顔を赤らめ、ふいと横を向く。
「いいわよねっ」
頬が緩む。
なんだか、彼女が可愛く見えた。
外見は自分だというのに。
「いいよ」
麗奈にとって、道化は厄介な居候であり、唯一の家族で一番の親友だった。
翌日は晴天で気持ちいい朝から始まった。
アパートに燦燦と太陽が光を降り注ぎ、鳥が鳴く。
カーテンを開けて、私は青空に胸が躍る。
「良い天気だねー」
「そうね」
大きな独り言に見えるが、これが道化との会話なのだから仕方ない。
心の中で呟いても返してくれるけど、こうやって口に出した方が会話って感じで好き。
彼女もちゃんと声に出して返してくれる。
「じゃあ、出発準備だね」
「さっさとしてよ」
部屋の隅の全身鏡から彼女のキツイ視線を感じながら、急いで着替える。
朝食はシリアル。
学校に風邪と嘘の欠席連絡をして、大学生以上に見える服装を選んで、マスクをつけた姿を確認する。
ばれないと思うが、サングラスも手に取る。
「どうかな」
「ない。外して」
「えー。だって万が一ばれたら」
「ばれた方がましよ。そんなセンスないボログラス」
結構気に入っているのは口にせず、棚に戻す。