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道化師は啼かない
第7章 人形はどちら
「これ以上姉に汚い自分を見せなくて済んだから。母さんにはとっくに感づかれていたようだけど、姉には普通の姉弟として死に別れたってことが、たったひとつの救いだった」
 けど、違った。
「君はもう体験したからわかるだろうけど、初めて再会した時は信じ難かったよ。同時に、早く成仏してほしいってだけ思った。これで最後にするから。そう何度も謝りながら。けど……あれは母さんだったんだろうね」
 見分けがつくはずないですよ。
「もうそれしか考えなかった。死ねば姉は綺麗な世界で自分とは無関係の場所に行ける。それだけがこの八年間の願いだった」
「けど、死ななかった」
「ええ。二回だけ、姉は自ら死んだんです。一度目は痙攣して突然に。二度目は舌を噛み切って。けどもしかしたら、あの二回こそが姉だったのかもしれませんね」
「今更気づいたの」
「ええ。馬鹿な弟でしょう」
「ええ。本当に。馬鹿よ」
「けど今、もっと馬鹿になりました」
「あら、なあに?」
「……死なないでほしい」
「それでこの芦見麗奈が死ぬことになってもいいの?」
「……」
「あたしを母さんと同じにする気? そしたらまた母さんのような存在が出てきて天罰を受け続けることになるかもよ」
 最後の音が終わらないうちにハルはマキに口づけた。
 互いに目を瞑って。
 幼かったあのころに戻って。
 歯がぶつかることなんて一度もなく、二人は貪り合った。
 八年前に芽生えて、膨張を許されずに押さえこまれた願い。
「はっ、ふ……んむ、んん」
 呼吸すら惜しいように。
「好きよ。ハル」
 濡れた舌を見せつけながらマキが言った。

「ううん。愛してる」

 涙がハルの目から伝った。
 それを拭いとったマキの指先から力が抜けていく。
 私は自分の体がマキを追い出そうとしている流れの中でそれを見つめるしかなかった。
 最期の力を振り絞って笑顔を見せたマキをハルは優しく抱きしめた。
「ありがとう、マキ。愛してます」
 腕の中で二回私の体が震えた。
 震えが収まった時、心のどこにも道化はいなかった。
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