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実業家お嬢様と鈍感従者
第3章 十六歳の誕生日

おそらく伯爵は自分の娘の桁外れの頭脳と、天授の才を早くから見出していたのだろう。

そして普通の娘として、退屈と浪費しか生み出さない貴族社会を生きていくことが出来ないであろう事も……。

だから彼女が欲した男を餌にして、その才能を開花させた――残念ながら、その娘には父の親心が全く伝わっておらず、『契約』を結んで以降、ずっと父娘の間柄は険悪なものになっていた。

周りの者の助けがあって、父との『契約』は十七歳の誕生日を待つべくも無く達成できそうだった。

なのに達成した暁に彼女が受け取るべき対価であるヘンリーに、恋人がいるらしいという噂が、もう数年前からアンジェラの耳にまで入って来ていたのだ。

ヘンリーは悪くない。

(だって、彼は『約束』は破っていないのだもの――!)

「私、一体なんのために、今まで頑張ってきたのかしら……」

自分の短絡的な考えが情けなく、さらに「ヘンリーは自分以外の女性を見ることは無い」と高を括っていた思い込みの激しさが恥ずかしくて、アンジェラはベッドの中に逃げるように潜りこんだ。





翌日、ほとんど眠れなかったアンジェラは、早朝にベッドから抜け出し、ガウンを引っ掛けて底冷えする廊下に出た。

調理場以外の他の使用人達はまだ起きていないのだろう、しんと静まり返った廊下をぺたぺたと歩き、隣の部屋にノックもせずに入った。

そしてその部屋の主の寝室に入り込み天蓋つきの寝台を登ると、主の肩を揺さぶって耳元で喚いた。

「スージー、お願い。起きて!」
 
妹のスージーは寝汚い貴族にしては寝起きがいい。

ぱちりと真ん丸い目を見開いて、何事かとアンジェラを凝視してくる。

「何? 火事? 天変地異?」

「それに近い! お願い、お姉様を助けて!」

アンジェラの必死の形相に「まあ、とにかく落ち着きなさいよ」と冷静な妹は突っ込み、ベッドから身体を起こした。

「私、ヘンリーが好きなんだけど――っ!」

妹に向き合うや否や、アンジェラは悩みの種を口にした。

するとそれを聞いたとたん妹は、ものすごく呆れた顔をして暖かい羽根布団の中に戻ろうとした。

「え……ちょっと、スージーってば!」

「何を今更……そんなの前から知っているわよ」

そんなことで起こさないでと、妹は半開きの目で睨んできた。

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