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実業家お嬢様と鈍感従者
第3章 十六歳の誕生日
その後は昨日の招待客への礼状を書いたり、気になっていた不動産投資事業の配当等について確認したりしていると、あっという間に夕食の時間になってしまった。
ディナー用に正装して食堂に現れた妹はアンジェラを見て目配せしたが、彼女は情けない顔で首を振って見せた。
両親と姉妹だけで囲む長い食卓には蝋燭が煌々と灯され、従僕(フットマン)達が温度管理を徹底した美味しそうな皿の給仕をしてくれる。
ヘンリーは父の近侍(バレット)達と壁際に立って、いつも通り見守っていた。
アンジェラはこの後のことを考えると、勿論食事が喉を通るはずも無い。
次々と供される皿にほとんど手を付けない愛娘の様子に気付いたのだろう、父が
「食が進んでいないようだな、マイスイート。悩みがあるのなら、いつでも聞いてやるからな」
と白々しい言葉を吐いて、にやりと嗤って寄越した。
きっと父には彼女の告白計画など、全てお見通しなのだろう。視界の端に妹がやれやれと肩を竦めているのが、目に入る。
「ありがとうございます……お父様」
アンジェラは皆から見えない食卓の下で怒りに震える拳を握り締め、父に向かって愛想笑いをしながら眼を飛ばした。
(何が、マイスイートよ――! このタヌキ親父!)
「お嬢様、本当にどうかされたのですか?」
夕食後、約束通り部屋に来てくれたヘンリーは、夕食を食べなかったアンジェラをとても心配してくれた。
(どうかしていますとも! もう、心臓バクバクで、口から飛び出してしまいそう!)
「ううん……なんでもないの。ちょっと食欲が無かっただけだから」
「しかし……」
「だっ……大丈夫。ありがとう」
アンジェラが彼の言葉を遮って礼を言い黙ってしまうと、部屋の中に沈黙が訪れる。
暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音が妙に大きく感じられた。
(ああ……彼女がいると分かっている人に、思いを伝えなければならないなんて……でも私には来年の誕生日までもう一年しかない。とにかく私の気持ちを知ってもらわなければ、先に進めないわ――!)
アンジェラはそう意を決してぐっと拳を握りこみ、ヘンリーの顔を見つめた。
唇が震える。
死んでしまうのではないかと思うぐらい脈拍が急上昇し、どくどくと耳の中で五月蝿いほど鼓動が木霊している。