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実業家お嬢様と鈍感従者
第7章 (略)意中彼落作戦・四 汝、彼の悩み相談で信頼を勝ち得ろ!
「これはひとえに、将来貴女が女伯爵として苦労なさらない為にです。貴女がご結婚される方は貴族の次男か三男で、ご自身の財産はほぼゼロの方に婿に入ってもらいます。つまり貴女の持っている財産で、お嬢様はこれから生きていくのです。それに実際領地で采配を振るうのはその家の家令です。旦那様は私が将来家令としてこの伯爵家を潤沢に維持できるよう、私に教育を施されたのです」
ヘンリーがアンジェラに言い含めるように重ねた言葉は、彼女の美しく輝いた碧い瞳から、徐々にその光を失わせていく。
間違ったことなど何一言っていないはずなのに、語る度に彼女に見えない枷を掛け、身動きを取れなくさせているような罪悪感にヘンリーは苛まれていた。
「……全ては貴女のためなのですよ。私はそんな旦那様を裏切るようなことは、絶対に出来ません」
(そうだ、結局――私は旦那様を裏切ることが、出来ないのだ)
ヘンリーの説得に黙り込んだアンジェラは、視線を豪奢な絨毯が引かれた床に落としていた。
彼女が身じろぎもしないので、書斎にしんとした重い静寂が降りる。
数分の間黙り込んでいた彼女がゆっくりと顔を上げた。
「……私の為なんかじゃ……ないわ」
「……お嬢様?」
彼女は能面のように表情を失った顔で小さく呟いた。
「……伯爵家を存続させる為―――そうでしょう?」
そう言ってきびすを返すと、静かにヘンリーの前から離れて行く。
「………」
何故彼女がそんな絶望に似た表情で、まるで自分など伯爵家の駒だと卑下するような事を言うのか、ヘンリーには検討が付かなかった。
ただ彼は初めて、彼女の中に誰にも分からぬよう隠してきた、闇の様な孤独を見た気がした。
全てを拒絶するようなアンジェラの様子にかける言葉も無く、ヘンリーはただ立ち尽くして、彼女の後姿が扉の向こうに消えるのを見ていることしか出来なかった。
*
三月のまだ肌寒い気温は、日が暮れるにつれどんどんとその温度を下げていく。
広大な庭園からあまり手が入れられていない横道に逸れ、さらにその奥にある池の前に作られた小さな古びた東屋に、アンジェラはもうかれこれ二時間近く座り込んでいた。
壁と窓がある造りだが、如何せん隙間風が大分入り込んでくる。