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実業家お嬢様と鈍感従者
第8章 意中彼落作戦・五 汝、押して駄目なら引いてみろ!
四月の社交期に合わせ、アンジェラ達は例年通りロンドンへと戻った。
恋人と離ればなれになるヘンリーには悪いと思いながらも、彼女の心は少なからず浮き立つ。
領地の館(カントリーハウス)は城のように大きすぎてその分使用人も多い。
一方ロンドンの館(タウンハウス)はこぢんまりとしていて使用人も限られる。
領地ではアンジェラに二人付いていたレディーズメイドの手前、ヘンリーにアプローチ出来にくかったが、ロンドンなら仕事のこともあり、ほとんどヘンリーと二人きりになれる。
彼女は浮き足たった気持ちでロンドンに到着すると精力的に仕事を行い、同時にヘンリーへのアプローチも再開した。
妹の次なる課題『意中の彼を落とす作戦・その五 汝、押して駄目なら引いてみろ!』も実行しなければならない。
今日もアンジェラは日課である前日の営業報告に目を通していた。
本当は斜め前の執務机で秘書としての仕事をしてくれているヘンリーの事が気になるのだが、超特急で今日の分を確認し、予定していた全ての仕事を尋常ではないスピードで終わらせた。
羽ペンを置いて本越しに彼の姿を見つめる。
株価をタイピングされた紙を確認しているらしい彼は、今日も素敵だ。
座る姿勢も綺麗で少しも乱れたところが無く、粛々と仕事をこなしている。
アンジェラは彼の軽く引き結んだ薄い唇を見て、こっそりとため息を付く。
(あの口で他の女性に恋を囁いていたのよね……いいなあって言うか、ずるい。私も言われたい!)
彼女はばっと立ち上がると、つかつかと彼の元に歩いていく。
そしてヘンリーのマホガニー製の良く使い込まれた机に両手を付くと、顔を上げた彼を至近距離で見下ろして口を開いた。
「ねえヘンリー、『アンジーが好き』って言ってみて?」
「……はい?」
彼が呆気に取られて聞き返すのを遮って、アンジェラは期待に溢れて言い返す。
「いいからいいから」
「今度は何でございますか?」
怪訝な顔で間近にある彼女の顔に怯むことなく、彼は言い返す。
逆にアンジェラは今更ながら目の前にある彼の唇にドギマギして、ゆっくり身体を離した。