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実業家お嬢様と鈍感従者
第8章 意中彼落作戦・五 汝、押して駄目なら引いてみろ!
「ほら、病は気からって言うじゃない? 貴方が一度私を好きになった気になってみたら本当にそうなるかもしれないでしょう? だからお願い!」
「出来かねます」
両手を合わせておねだりした彼女を、彼はさっと切り捨てる。
「ええ~! 恋ってはしかみたいともいうじゃない?」
「貴女にはどんな薬を与えれば病が治ってくれるのでしょうね」
主治医に注射を用意させましょうか、とヘンリーは凄んで見せた。
「病気の例えはいやなの? じゃあ、百聞は一見にしかずは?」
「失礼を承知でお聞きします」
改まってアンジェラを見つめる彼に首を傾げる。
「なあに?」
「お嬢様は本当に天才児で実業家の、アンジェラ・ノースブルック嬢で間違いないですよね?」
目の前にいるアンジェラが偽者であるかのように疑わし気に聞く彼を不思議に思いながらも、天才児と言われて嬉しくなる。
「まあ、そんな褒めてくれなくてもいいのよ?」
「……褒めていません」
照れる彼女にヘンリーは面倒くさそうに突っ込んで立ち上がった。
「茶をご用意いたします。休憩したら頭を切り替えて、仕事をしてください」
「もう終わったもの!」
自信満々に胸を張って見せたアンジェラに、彼は珍しく少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「では家庭教師に伝えてきます。立ち居振る舞いのレッスンでもして貰いましょう」
「……しまった」
部屋を出て行く彼をアンジェラは悔しげな表情で追った。
*
告白してから五ヶ月。
ほぼ毎日のようにヘンリーへのアプローチを続けてきたアンジェラは、今から一週間前にその攻撃の手を緩めた。
一日に一回は「好き」と伝えていたのも止め、仕事以外はなるべく話しかけないようにした。
それでもどうしても視線は彼を追いかけてしまうのだが、極力目は合わないように心がけた。
(だから、ちょっとは寂しいとか思ってよ――っ!)
作戦では押し続けてきたのを突如引いたら、ヘンリーはアンジェラが心変わりしたのではと気になってしょうがなくなる筈だった。
「アメとムチってさあ~、やる側の方が辛いのね……」
ぐったりと疲れた様子のアンジェラは、妹の部屋で項垂れていた。