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実業家お嬢様と鈍感従者
第8章 意中彼落作戦・五 汝、押して駄目なら引いてみろ!

「あの方はああ見えて人がいいですからね、私も随分助けられました」

ヘンリーは肩を竦め、一応友人を褒めた。

「そう、親友なのね」

マットの後ろ姿を目を細めて見続ける彼女に、ヘンリーは少し不安を感じて忠告する。

「ただ、彼はかなりのプレイボーイです。お気をつけください」

「まあ。そうなの! でもそうね、お話がお上手だし外見も素敵ですものね。女性が惹かれるのも分かるわ」

ヘンリーの指摘に驚いたアンジェラはそう言って彼を振り返る。

しかしヘンリーの顔を見た途端、アンジェラなぜか大きな瞳をさらに大きく見開き、急に表情をぱあっと明るくした。

「まあ、ヘンリーったら――!」

彼女はそう言って手にしていた扇で恥ずかしそうに口元を隠すと、くるりと方向を変えすたすたと歩き始める。

大きく膨らんだドレスを器用にさばきながら楽しげに歩くその反応に面食らったヘンリーは、彼女を追いかける。

「何でございますか?」

「何でもない!」

クスクスと楽しそうに笑うアンジェラの頬はすこし赤くなっていた。

彼女の考えていることは分からなかったが、なんだか聞かないほうがいいような気もして、彼女の後ろから付いていく。

私室に戻るのだろうと思っていたが、彼女は私室の扉の前を素通りすると、隣のスージーの部屋の扉をノックもせずにばっと開いた。

「スージー、聞いて! ヘンリーがね、焼きもち焼いてくれた~っ!」

踏み込んだ彼女はそう叫ぶと、ドレスの裾が乱れるのにも構わず、ソファーに座ってロマンス小説を読んでいる妹の下へ走っていく。

「や、焼いていません!」

突拍子もない彼女の言動に、ヘンリーは目を白黒しながらもなるべく冷静に聞こえるよう突っ込む。

しかし、きゃあきゃあと喜ぶアンジェラには、彼が照れているようにしか映らなかったようだ。

一部始終を小説からちらりと覗かせた双眸で見ていたスージーは、呆れたようにボソッと呟くと、また小説へと視線を落とした。

「……五月蝿いわよ、馬鹿ップル」

周りに居たスージーのレディーズメイド達は、クスクスと面白そうに笑っていた。



                             



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