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実業家お嬢様と鈍感従者
第8章 意中彼落作戦・五 汝、押して駄目なら引いてみろ!


「オフショアの利潤はそこにあります――」

アンジェラは商務院の一室に顔を揃えた錚々(そうそう)たる面々を落ち着いた眼差しで見渡し、先を続ける。

「顧客を満足させるだけのエクイティを生み出すためには政治的に安定した場所であることが必須であり、施政者の気分次第でそこにある資産が他へ移動できなくなったり、国際的な紛争に巻き込まれたり、あるいは最悪没収されたりするような可能性のある植民地は、オフショアやオンショアの条件を満たしません。我々はタックスヘイブンの――」

関税システムの運用、及び他国との関税交渉に加えて、穀物法の運用、並びに航海法に付随する植民地特恵システムの運用に関して助言を行うことを主要任務とする商務院の事務次官のお偉方と対等にやりあっているアンジェラを、ヘンリーは誇らしい気持ちで見つめていた。

アンジェラは初めから英国の実業界に受け入れられたわけではない。

叔父のバーナード卿を代表に据えているからといってその上に胡坐をかくわけではなく、自分でも精力的に関係官庁や顧客と緊密な連携を取ることにより、貴族の女子供が敷居を跨ぐことさえ許されなかったこの世界で事業を円滑に進めてきたのだ。

諮問の時間を過ぎても彼女の理論を少しでも享受しようと個々に話しかけてくる、彼女の父親程の年齢の事務次官一人ひとりに丁寧に接したアンジェラが解放されたのは、予定を一時間も過ぎた頃だった。

馬車に乗り込むと、職業婦人に相応しい華美でないドレスに身を包んだアンジェラは蓄積した疲労を覆い隠す様に、斜め前に座ったヘンリーに微笑みかけた。

「お疲れ様でございます。今日は会社には顔を出さず、このまま屋敷にお戻りになられてはいかがですか?」

気遣いを見せたヘンリーにアンジェラは経営者の顔をして「大丈夫」と答える。

仕事をしているときの彼女はいつもそうだ。

周りに弱みを見せない、どんなに疲れていても泣き言一つ零さない。

いつもその微笑で全てを覆って、一人で立って見せようとする。

「しかし――」

「少し眠るわ。ありがとうヘンリー……私が頑張れるのは、貴方が見ていてくれるからよ」

「お嬢様……」

アンジェラの表情が経営者の表情から一介の少女のものへと戻る。

その様子にヘンリーは少しだけ胸を撫で下ろした。

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