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実業家お嬢様と鈍感従者
第8章 意中彼落作戦・五 汝、押して駄目なら引いてみろ!
マットはそうアンジェラを褒めると、プロフェッサーハウエルのこぼれ話をいくつか披露してくれた。
彼女はそれを聞きながらも頭の隅で違うことを考えていた。
思い返せば、彼女は若い男性とあまり言葉を交わしたことがない。
まず社交界デビュー前の女子は、保護者の同伴なしには社交の場に出てはならないし、目だった行動もしてはならない。
アンジェラは他の貴族子女とは違い実業家として外に出ているが、それでも接する男性の年齢は要職についている三十代後半以上の方達ばかりだった。
実際こうやって対峙すると――相手には大変申し訳ないが――どうしてもヘンリーと比べてしまう。
どれだけ女性の扱いに慣れていようが、話題が豊富だろうが、人のいい方だろうが……惹かれない。
ましてや少しでも自分に気のある事を言われると、困惑することしか出来なかった。
のらりくらりと会話を交わしていると、やっと昼食会がお開きになった。
少し疲れてしまったアンジェラは、母が他の客人と立ち話をしているのを確認し、外の空気を吸いたくなって席を立った。
ヘンリーはもうすぐ昼食会がお開きになる頃かと、懐中時計で時間を確認する。
顔見知りの他家の従者との会話を切り上げると、ロックウェル伯爵家の階下にある使用人控え室から出て、エントランスホールにてアンジェラとその母親を待っていた。
ちょうど席を外していたらしいアンジェラが廊下に現れ、彼に気付くと
「もうちょっとだと思うから、待っていてね」
わざわざ使用人のヘンリーに小さな声でそう言って、こそっと手を振って寄越した。
本来は誰かに見られたらただ事ではないので視線だけでいなして見せるのだが、彼女のその仕草が妙に可愛くてついつい頬を緩めてしまった。
それに彼女が少し疲れているように見えて、奥様を待つ必要さえなければ早々に屋敷に連れ帰りたいとさえ思った。
そのとき向かいのドローイングルームから、コソコソと囁く声が漏れて来た。
「ああ嫌だわ。伯爵夫人ったら、あんな貴族の面汚しと私達を同席させるだなんて」
「本当に。労働なんて野蛮な事をなさっている方なんて――。レディーアンジェラはなんて卑しいのでしょう」