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実業家お嬢様と鈍感従者
第9章 求婚
社交期後半、七月。
アンジェラの母は社交デビューを目前に控えた娘を、少しでも知り合いに顔つなぎをしようと躍起になっているようで、なにかと理由をつけては彼女を外に連れ出して、貴族の子弟と引き合わそうとした。
アンジェラにとっては正直なところ仕事もあるし、ヘンリー以外の男性にも貴族社会にも興味がなく、母の誘いは億劫だった。
しかし、今まで仕事ばかりで母と接する機会が少なく、ましてや彼女はヘンリーと結婚して貴族の名は捨てるつもりでいたので、これは母と過ごせる短いチャンスなのだと言い聞かせ、我慢して仕方なく付き合っていた。しかし――、
(こんなところ抜け出して、ヘンリーと公園をお散歩したい……)
招かれた公爵家のガーデンパーティーで他の客と適当に話しながら、アンジェラの心の中はヘンリーの事で一杯だった。
クリーム色のモスリンに繊細な華の捺染がなされた美しいドレスを身に付けていても、彼の前で無いならばそれは普段着と変わらないのだ。
アンジェラは口の中で欠伸を噛み殺し、小さく肩を竦めた。
「ご無沙汰しております、レディーアンジェラ。一ヶ月ぶりですね」
振り向くとシャンパンのグラスを手にしたマットが、美しい女性と一緒に立っていた。
アンジェラもにこやかに挨拶を返すと、マットは女性に断ってアンジェラを温室へと誘ってきた。
一緒の女性を差し置いてまでは……と思い控え目に断ったのだが、どうやら彼は少し酒に酔っていたようで、半ば強引に手を取られて温室へと連れて来られた。
公爵家の温室は色とりどりの変わった品種のバラや蘭が置かれており、その中にベンチがあった。
他の客は居ないらしく彼はハンカチーフを広げると、アンジェラにそこに座るよう促した。
「レディーアンジェラはお会いするたびに、どんどんお美しくなられます。恋でもされているのでしょうか」
彼はそんな歯の浮きそうな事を軽く言って、甘く微笑む。
「またご冗談を――」
アンジェラは軽く受け流して、彼の事業のことについて話題を移した。
彼は会話に乗ってはくれていたが、暫くたってから肩を竦めて苦笑した。
「貴女には他の女性と同じアプローチの仕方では、駄目な様だ。しかし私は頭のいい女性は嫌いじゃないですよ」
「……はあ」