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実業家お嬢様と鈍感従者
第9章 求婚
やはり結構酔っているのかと、アンジェラは広げた扇越しに彼を注意深く見つめる。
彼女のやる気のない返事に、彼は吐息をついた。
「貴女はずっと以前から、ヘンリーを愛している――」
いきなり言われた言葉に咄嗟に反応できず、アンジェラは彼を見返した。
「……マシュー卿?」
「おそらく貴女が彼を校門まで迎えに来ていた頃から、ずっと彼しか見ていなかったのでしょう。ヘンリーはいい男だ、惚れるのも無理はない」
からかわれているのかと、彼を困惑した表情で見返したが、マットは真剣な目でアンジェラを見つめていた。
「……あ……あの……」
「私と取引しませんか?」
「……取引?」
混乱したアンジェラは、彼の言葉を鸚鵡返しにすることしか出来ない。
「ええ。貴女はどうやっても使用人のヘンリーとは結婚することができない。しかし彼と結ばれたいと思っている。そして、私も周りが身を固めろと五月蝿くてね。でしたら、私達が結婚すれば、全てが上手くいくと思いませんか?」
「仰られている意味が、よく分かりません……」
何かとても侮辱的なことを言われているような気がして、返した答えが硬い声になってしまう。
「私は所帯をもっても、女遊びをやめるつもりはない……困ったことにね。だから結婚相手には寛容な女性をと思っている。つまり……君も望むなら、愛人を囲えばいいよ――」
冷水を浴びせられたように、全身から血の気が引いた。
マットはアンジェラとヘンリーの結婚が無理だと言い、しかも――、
「……ヘンリーを、私の愛人にしろと仰るの?」
口にするのも汚らわしかった。
ぞくりと背筋に気持ち悪さが伝う。
ヘンリーの親友である彼が、何故そんな酷い事を言うのか、アンジェラには全く分からなかった。
「そう重く考えられることはありませんよ。『ミセスブラウン』の例もあることですしね」
「な……っ!」
『ミセスブラウン』とは女王陛下が夫亡き後、従僕ブラウンと禁じられた恋に落ちたことに、揶揄を込めて呼ばれたあだ名だった。
あまりの言われ様にショックを受けたアンジェラの手から、扇が滑り落ちる。
愕然として見返す彼女に、彼は世間知らずのお嬢さんを見るように目を眇めた。
「わ……私は! ヘンリー以外を夫にするつもりはありませんっ。勿論、あ……愛人になんて絶対にさせませんわ――っ!」