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実業家お嬢様と鈍感従者
第3章 十六歳の誕生日
「とてもお綺麗です」
彼女の白い肌に映えてとても綺麗だと思い、咄嗟に口にした言葉に、アンジェラはぱっと頬を薔薇色に染めた。
彼女の潤んだ瞳に見つめられて何故か言葉を失ったヘンリーは、主に対して無遠慮とは思いながらも、彼女の蒼い瞳を直接見つめ返してしまう。
「ねえ……ヘンリー……」
「はい、お嬢様」
彼女はとても言いにくそうに、細切れに言葉を繋ぐ。
「……あの……約束、覚えて……いる?」
はっとしてヘンリーは言葉に詰まる。
あの『約束』。
(アンジェラ様の十歳の誕生日に私と交わした、約束――)
「……はい。勿論です」
忘れることなど、ある筈がない。
自分達主従の間でただ一つ、唯一交わされたものだから。
しかしヘンリーの返答を聞いた彼女の表情は、何故かとても怯えて戸惑ったそれだった。
アンジェラの手が寒さのためか小刻みに震えているのに気付き、ヘンリーは彼女の背を押して室内へと導く。
「……ごめんね……あと……一年だから……」
そう呟かれた彼女の言葉は微かにヘンリーの鼓膜を揺らし、強くなった風に攫われて行った。
*
『私が社交界にデビューする十七歳の誕生日まで、結婚しないこと』
アンジェラが十歳の誕生日に、彼女の近侍(バレット)・ヘンリーを縛りつける為に取り交わした、『約束』。
(約束……か。私もまだ子供だったから、そこまで気が回らなかったのよね……二人の立場が対等でない場合に取り交わされるものなんて、ただの命令と同じなのに………)
自分の誕生日パーティーから解放されたアンジェラは、重いドレスを引き摺りながら私室に戻った。
レディーズメイドに就寝の準備を整えてもらい、下がらせる。
いつもなら就寝している時間だったが、身体の疲労の割に頭は覚醒して眠れず、天蓋付きの寝台から這い出す。
真鍮の三灯燭台の仄かな灯りが、彼女の凭れ掛かった窓際の硝子にぼんやりと映りこむ。
アンジェラは結露に濡れた硝子越しに暗い外を眺めながら、この『約束』の事の発端を思い起こしていた。
アンジェラとヘンリーは乳兄妹だった。
ヘンリーの一家は代々伯爵家に仕える家柄で、祖父は家令(ハウススチュワード)、父は領地の執事(バトラー)、母は乳母(ナニー)だった。
彼女と七歳離れたヘンリーは、彼女の兄であり、憧れだった。