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実業家お嬢様と鈍感従者
第9章 求婚
アンジェラはベンチから立ち上がると、彼を真正面から睨み付けてその場を立ち去った。
ドレスの裾を蹴り上げながら、人気が少ない場所を選び早足で通り抜ける。
もう何もなかったようにパーティーに戻る気力もなく、アンジェラは母に断って先においとまさせてもらった。
予定時間の半分しか経たずに呼ばれたヘンリーは怪訝な表情をしていたが、アンジェラの様子がおかしいと直ぐ見て取り、何も言わず馬車に乗せて御者に家路を急がせてくれた。
「……お嬢様……お嬢様!」
斜め前に座ったヘンリーから呼びかけられ、はっと我に返る。
「お嬢様……大丈夫ですか?」
「え……?」
ぼうっとしていた彼女を、ヘンリーが気遣わしげな表情で覗き込んでくる。
「顔色が優れないようです、体調が悪いのですか?」
「そ、そんなことないわ」
扇で顔を隠そうと思ったが、握っていたはずのそれが無い事に気付く。
ヘンリーに心配をかけないようになんとか返事を返した。
「本当に?」
「………」
念を押すように確認してくる彼に、返す言葉が見つからない。
彼の親友が自分達を侮辱する発言をした事など、言えるはずもなかった。
「私で何か出来ることはありませんか?」
そう言ってくれた彼の好意に、思わず甘えたくなる。
マシュー卿と話していた時、アンジェラは本当にヘンリーを失ったような気がして恐ろしかった。
ちゃんと目の前に彼が居るという事を触れて確かめたかった。おずおずとその気持ちを口にする。
「……手……握って……いい?」
「お嬢様」
窘める様な響きを持った言葉に、アンジェラは息を飲んで小さく萎縮した。
「……嘘、いい」
「……お嬢様?」
彼の視線から逃れる為、目を瞑って馬車の壁に凭れ掛かって背を向けた。
小刻みに震える手を、もう片方の手でぎゅうと強く握り締める。
屈辱に対する怒りからなのか、周りが言うように本当にヘンリーとはどうやっても一緒になれないという恐怖からなのか、一度震え始めた身体は、自分で上手くコントロールできなかった。
早く屋敷に着いてくれとそればかりを祈って、アンジェラは唇を噛んだ。