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実業家お嬢様と鈍感従者
第9章 求婚
(『契約』のタイムリミットまで、あと半年……)
考えないようにしていた現実がぶわりと目前に露わになる。
焦りと不安だけに心の中が占拠され、身動きが取れなくなりそうだった。
彼の前では笑顔でいようと決めていたのに、心配を掛けていると分かっているのに、馬車が屋敷に着くまでアンジェラはただ小さくなって、気持ちを押し殺す事しかできなかった。
悪い事は続くものだ。
アンジェラが屋敷に戻ったのとほぼ同じ時、執事が書斎に銀盆に載せた電報を持ってきた。
彼女は内容を確認すると凍りついた。
それは叔父からのもので、租税回避斡旋会社への銀行からの融資打ち切りの一報だった。
直ぐに会社へと出向き諸事情を報告させたが、ただ銀行から一方的に打ち切りの連絡が来ただけとの事だった。
叔父に銀行への訪問を頼み、役員達にケイマン諸島の金融機関の状況の確認等を指示した。
そして自身も会社に泊まりこみ、原因解決と新たな融資先の模索をしていた。
数日後、父の命令で渋々屋敷へ戻ったアンジェラとヘンリーは、父に夕食の席で状況報告し、翌日会社に出社する事にした。
私室へ戻ると就寝準備を促すレディーズメイドを追い出し、アンジェラは書斎に閉じこもって取り寄せた普通法と衡平法各々の判例を読み漁っていた。
しかし振り子時計が十二の時を刻んだ時、隣の執務机で仕事をしていたヘンリーに諭された。
「お嬢様、お願いです。どうかお休みになって下さい」
動きやすいドレスで革張りのリクライニングチェアーに――行儀が悪いが――三角座りで判例集を読みふけっていたアンジェラは、顔を上げるのも億劫でそのままの姿勢で応える。
「眠くないの」
いつもならそんな格好をしているだけで烈火のごとくに怒られる筈だが、彼はそれには触れなかった。
正直ここ数日ほとんど寝ておらず体力が消耗していて、そのような体勢でないとまともに座っていられなかったのだ。
「お嬢様……」
彼が聞き分けの無い子供に言い聞かすように促す。
「貴方はもう休みなさい。事業の手伝いに加えて近侍の仕事までして、全然休んでいないのでしょう」