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実業家お嬢様と鈍感従者
第9章 求婚

アンジェラは主からの命令として聞こえるよう、硬く厳しい声で彼にそう命令する。

自分ならば眠くなった時にこの体勢でウトウトすれば、幾分頭もすっきりする。

近侍という彼の職務上しょうがない事なのだろうだがこれ以上とやかく言われたくなくて、アンジェラは顔も上げずに「オヤスミ」と呟いて彼の退室を命じた。

「私はちゃんと休憩をとっています。お願いします、今貴女が倒れられたら、ますます状況は悪化します」

アンジェラの命令を聞かず食い下がってきたヘンリーに、気持ちが毛羽立つ。

しかしぐっと堪えて笑顔を作ると、重い頭を上げた。

「やだなあ、私は若いだけが取り柄なのよ? 一週間くらい眠らなくても大丈夫よ」

「そんな青い顔をして何を言っているのですか。それにそんな状態でお仕事をされても頭が回らず、解決できる問題も解決できませんよ」

緊急事態なのに最高責任者の彼女に休めという彼に不満が募り、顔から作り笑顔が剥がれ落ち、重い頭がまた下へとぐらりと傾いだ。

虚ろな視界の先に手にしていた衡平法の判例が入る。

何かヒントになることがあるかと取り寄せたものだったが、ヒントなどあるはずがなかった。

タックスヘイブンの事業に於いて彼女は先駆者だった。

事例の殆どないこの事業について裁判の事例などある筈もなく、無収穫だったその書物から瞳を反らす。

(叔父様の話だと、面会した銀行員は融資撤回の理由を語らなかったという。明日私が出向いて、直接伺ったらきっと――)

「お嬢様!」

ヘンリーの存在を忘れて自分の思考に没頭していたアンジェラに、彼の厳しさを含んだ声が掛けられる。

思考が寸断され彼女の額に険しい皺が寄る。

仕事とは全く関係ないと分かっているのに、アンジェラの好きという気持ちに答えてくれない彼にそこまで干渉される筋合いも無いと、殆ど八つ当たりに近い感情さえ沸々と湧き上がってくる。

「……うるさいなあ」

ぼそっと口から発した呟きに、視界に入っていたヘンリーの手が一瞬ピクリと動いた。

彼とのやり取りさえも億劫になって、アンジェラは手にしていた判例を机に放り出すと、気分を変えるために手近にあった投資の書類を引っつかむ。

早く彼に書斎から出て行って欲しくて、手で机を押して彼に背を向けるように椅子を回転させた。

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