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実業家お嬢様と鈍感従者
第9章 求婚

「……投資の見直しであれば私が出来ます。資料を渡してください」

ヘンリーはそう言うと、後ろから彼女の手の中の書類をひったくった。

「……っ! 何するの! 返して」

アンジェラは頭に血が上り、椅子から立ち上がった。

彼が取り上げた書類を取り返そうと必死に背伸びをする。

「お嬢様! もしこの資金繰りが上手くいかなかったとしても、他の会社からの借り入れと投資資産の売却で一時的に回避できます。前年比は予想より伸び悩むでしょうが――」

ヘンリーはそう言って向かってくる彼女の肩を押さえつけたが、アンジェラは彼の最後の言葉にはっとして取り憑かれたように彼に向かっていた。

「駄目なの! これだけは譲れないの、お願いだからもう放って置いて――っ!」

腹の底から搾り出したアンジェラの叫びを聞いて、ヘンリーは困惑とも怒りとも取れる表情になり、彼女の華奢な両腕を掴んだ。

「なぜ? ……何をそんなに焦っているのです?」

ヘンリーの大きな掌に掴まれた腕が、物凄く痛かった。

覗き込んできた彼の拡張した瞳孔に囚われ、アンジェラはもう何もかも洗いざらいぶちまけてしまおうかと思った。

ヘンリーとのことも、事業のことも何一つ予定通りに物事が進まなくて、でも誰にも弱音を吐けなくて――。

言ってしまえば、もう楽になれる――お父様との『契約』を反古にする事になってしまうけれど。

(私は、貴方が欲しくてお父様と契約をしているの――!)

「……っ」

しかし喉元まで出掛かった言葉は、すんでの所で押し留められた。

吐き出されなかったものがぐるぐると体の中を暴れまわり、まるで自家中毒を起こしているかのようにアンジェラの中を蝕んでいく。

気持ち悪さとやるせなさで涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛み締めて何とか堪える。

体力を消耗した身体に力が入らずよろめいたアンジェラを、ヘンリーは近くのソファーに座らせた。

彼女は背もたれにぐったりと上半身を凭れさせて彼から顔を背ける。

もう涙を我慢できる自信も無く「寝るから一人にして」と小さく懇願した。

しかし次に気付いた時、アンジェラは暖かいヘンリーの胸の中に抱きしめられていた。

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