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実業家お嬢様と鈍感従者
第9章 求婚
泣きつかれて眠ってしまったアンジェラが目を覚ました時、彼は直ぐ売りに出して利益が上がる銘柄をいくつかピックアップしてくれていた。
さらに今回融資の打ち切りの原因となったと思われる、ケイマン諸島での税法の問題点についても確認してくれていた。
それにより、会社は不渡りを出すこともなく、また新たな融資先への担保資料を充実させることが出来た。
「でも……私は責任者としてあんな姿を見せるべきではなかったわ。社員を不安にさせるなんて社長失格だもの……それに……」
「それに?」
恥ずかしくて頬が火照る。
「……貴方にこれ以上駄目なところ、見せたくないわ……」
ぼそぼそと溢したアンジェラの言葉に、彼は被りを振る。
「私のお嬢様に駄目なところなど、これっぽっちもございません。でももし弱っている時は――」
「………?」
見上げたアンジェラに、ヘンリーは今まで見た中で一番優しい微笑みを浮かべた。
「私にだけに見せて下さればいいのです」
その微笑みは彼女の胸をぎゅうと締め上げた。
(ヘンリーにだけ……?)
そんな風に言われると、彼が少しでもアンジェラを見始めてくれたのかとどうしても期待して、浅ましい自分の心を震わせてしまう。
しかし彼が続けて発した言葉は、期待していたものとは違っていた。
「どんな偉人にも芸術家にも、傍で支える人が必ずいます。完璧な人間なんていません。私は貴女の僕(しもべ)として一番傍で支えます」
「………」
こちらを見つめてくる彼の翡翠色の瞳には真摯な光が宿っていた。喜ぶべきところなのだろう。
少なくとも彼は使用人としての義務感だけでなく、アンジェラを主として仕えるに相応しい人間として認めてくれている。
しかしありがたいと思う一方、もうそれだけでは満足できない自分が居ることを、やはり彼は認めてくれていないのだ。
アンジェラは彼の瞳を見つめ返して微笑みながらも、心の奥底は冷え切った青い炎に焼かれ、ぶすぶすと燻り続けている気がしていた。
*
領地に戻ると、意外と暇だ。
仕事は郵便にて数日遅れで届けられる業務・進捗報告に目を通し、必要があれば指示を送るだけで、それ以外は領地のドールハウスの工房に顔を出して、新作を吟味したりするくらいだ。