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実業家お嬢様と鈍感従者
第10章 意中の彼を落とす作戦・六 汝、適度なスキンシップを心掛けよ!
「……大人になりなさいませ、アンジェラ様」
「………」
「貴女は普通の十六歳より賢くていらっしゃる。そろそろ、ご自分の立場を自覚されてもよい頃です」
ヘンリーは真っ直ぐにアンジェラの眼を見て、冷たい口調でそう言った。
「私、マシュー卿に求婚された!」
気がつくとアンジェラは彼に向かって叫ぶように言っていた。
実際は求婚ではなく、結婚を仄めかされただけだが、ヘンリーに少しでも焼もちを焼いてもらいたかった。
「本当ですか?」
ヘンリーは確かに驚きはしているように見えたが、アンジェラが求めているような焼もちから来る悔しさや怒りの表情ではなかった。
彼女が「本当よ」と答えると、彼は考えを巡らしていたようだったが、一つ頷くと微笑んでアンジェラにこう言った。
「彼は確かに遊び人ですが、人間はいい奴です。フェミニストですし女性には優しい。勿論貴方に相応しい上流階級の方でいらっしゃる。少し前向きに考えてみてはいかがでしょうか」
「……本気で言っているの?」
私の気持ちを知っていて、何でそんなことが言えるの?
何で他の男性からの求婚を知って、笑えるの?
ねえ……なんで?
(なんで――っ!)
藁にでも縋りつくように必死に口にしたアンジェラの問いかけに、ヘンリーは冷静に答えた。
「はい、お嬢様」
見たくないと思った。初めてヘンリーの顔を見たくない……そう思った。
「……出て行って」
そう呟いたアンジェラの命令に、従順な近侍は静かに出て行った。
パタンと扉が閉まる音が背後でした。
その瞬間、アンジェラはかさ張るスカートの中に沈みこむように、その場にへたり込んだ。
「………」
私の幸せは、ヘンリーと共にあることだと、言っている。
なのに周りもそして彼自身も私の心を無視し、上流階級同士での婚姻をさせようとする。
「……私を……見て……お願い……」
(ちゃんと私自身を見て――っ!)
心の根底で燻っていた火種が、静かにそして徐々に大きな青の炎へと変わっていく。
それはアンジェラの萎えてしまいそうな心に似て何度もその形を変え、紫から藍へとゆるゆるとその色彩も変え、彼女の中を冷たい炎で焼き尽くしていく。
アンジェラは金色の頭を抱えてぎゅうと縮こまり、ただその場でぶるぶると震え続けていた。