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実業家お嬢様と鈍感従者
第11章 仮面舞踏会
年に一回、伯爵家ゆかりの使用人を労う舞踏会が催される。
聞くところによるとほとんどの貴族の館でも、使用人達の日頃の辛い奉仕を労う為に行われているらしい。
当家では歴年、女達にはドレス用の布地を、男達には糊の効いたカラーが送られる。
この日ばかりは主人と使用人が大広間での晩餐の卓を囲み、その後舞踏会が開かれる、特殊なパーティーである。
舞踏会の幕開けは、館の主である父が階下の女主であるハウスキーパーと、母が家令とダンスし、その後にアンジェラはヘンリーとファーストダンスを踊る。
アンジェラは隣に立つヘンリーをちらりと仰ぎ見た。
思えば久しぶりに彼の顔をまともに見た。
彼にマシュー卿との婚姻を仄めかされてから、まともに顔を見ることが出来なかったのだ。
正装をしたヘンリーは本当に素敵すぎる。
ぴっちりと締められた純白のタイと共布のウェストコート、身体にフィットした漆黒の燕尾服に覆われているのに零れ落ちる――匂い立つような色香。
それは彼が二十三歳という結婚適齢期であることの現われでもあり、男盛りという象徴でもあった。
隣に居るだけでアンジェラの目元はじわじわ赤く熱くなり、なぜか涙腺が刺激されて涙が零れ落ちそうになる。
(私、どうしちゃったのかしら……)
最近、彼に対する想いを持て余している様な気がする。
傍に居るだけで動悸が激しくなり、常に気持ちが浮ついて落ち着かず、食事もあまり喉を通らなくなってしまった。
胸がぎゅうと締め付けられ、籠もった熱が奔流されることなく、ずっとそこで燻って全てを狂わせてしまいそうだった。
鎖骨の下に添えた手に思わず力が入り、グローブ越しに爪で肌を引っかいてしまいそうになる。
(苦しい――この五月蝿い心臓を抉り出して捨ててしまえば、苦しさから開放されるのだろうか……)
「お嬢様、参りましょう」
ヘンリーに差し出された白手袋に覆われた手に、自分の手をそっと重ねる。
父母各々のカップルが踊る大広間の中央へと導かれ、彼のリードで踊り始めた。
ヘンリーは小さいときからアンジェラのダンスの練習相手なだけあり、体にぴたりと馴染む。
しかし使用人である彼と人前で正装をして踊れるのも、一緒に食事を取れるのもこの日だけだ。
(来年からは、それさえも無くなるかもしれない……)