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実業家お嬢様と鈍感従者
第3章 十六歳の誕生日

「お前は今まで家庭教師に何を習ってきたのだ? 貴族は貴族、労働者階級は労働者階級としか結婚してはならん。ヘンリーは私の好意を踏みにじり、大切な娘の心を弄んだ。その報いを受けさせなければならない」

大好きな父がそんな差別的な考えを持っていたことを初めて知ったアンジェラは、悲しくなって喚いた。

「お父様、そんな法律は存在していません!」

「法律がなくても英国ではそう決まっておるのだ。ましてやお前は長女だろう。我が伯爵家は男児に恵まれなかった。お前はわが伯爵家に相応しい貴族子息を婿に取り、この伯爵家を継ねばならんのだ」

「そんな……だったらスージーがいるわ! 私は伯爵になんてなりたくないから、妹にあげるわ!」

アンジェラは咄嗟に二つ下の妹の名前を出す。

スージーはアンジェラが生物学や物理学の本を読む傍らで、いつも女の子らしい絵本やロマンス小説を読んでいた。

アンジェラはそんな可愛い彼女のほうが、煌びやかな貴族の世界が似合っていると常日頃から思っていた。

父はアンジェラの返答に少し驚いているように見えた。

じっと彼女のことを上から威圧するように見下ろし、随分と長い間黙り込んでいた。

アンジェラはずっと祈るような気持ちで父の灰色の瞳を見上げ続けていたが、最終的には父は自分の要望を聞いてくれると楽観視していた。

それまでのアンジェラはちやほやと甘やかされて育ってきた。

父はいつも愛娘を「天使(エンジェル)ちゃん」と可愛がり、ほっぺにキスの一つでもすれば欲しい物は全て与えられてきた。

しかし、返された言葉は期待通りのものではなかった。

「……ならん。お前はとても頭のいい子だが、如何せんまだ子供なのだよ。もう少し大人になれば世の中の事が見えてくる。そうすればヘンリーは一介の使用人で、お前の婿にはふさわしくないことが分かるだろう」

父はそう言うと、デスクの上の呼び鈴をチリンと鳴らした。

「……お父様?」

「ヘンリーの一家に今日限り暇を出す。分かったら、部屋に戻りなさい」

目の前が真っ暗になった。

あんなに自分に甘かった父の、あまりにも厳しく酷な対応に衝撃を受けた。

信じられなかった、あんまりだと思った。 

自分が我侭でヘンリーを自分のものにしようとしたばかりに、彼を一番不幸な目に合わせてしまうなんて!

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