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実業家お嬢様と鈍感従者
第11章 仮面舞踏会
「そっか……。おめでとう、ヘンリー」
静かにそう呟いて、小さな微笑を浮かべた。
「ありがとうございます」
腰を折って主に礼をする。
頭上からアンジェラの弱々しい笑い声が降ってきた。
気でも触れたのかと心配になり顔を上げると、瞳を潤ませた彼女は困ったように笑っていた。
「ふふ……。やっぱり初恋は実らないものなのね」
「……申し訳ございません」
「謝らないで」
苦しくなってそう言ったヘンリーを、彼女はぴしゃりと遮る。
「………」
口をつぐんだヘンリーにアンジェラは肩を竦め、彼の瞳をしっかりと覗き込んでにこりと笑った。
「私ね……。貴方に告白してから毎日、楽しくて仕方がなかったの。やっと私の気持ちを伝えることが出来たから。それに貴方のことを今までよりも沢山知ることができて、もっと好きになったわ……。貴方には一杯迷惑をかけてしまったけれどね」
「………………」
「ありがとう、ヘンリー。私、貴方を好きになって本当によかった。貴方が幸せになる事を心から祈っているわ――」
まさかの言葉に驚きを隠せず、不躾に女主人の顔を凝視したヘンリーに対し、彼女はとても幸せそうに、そして綺麗に笑ったのだ。
*
ヘンリーの結婚を聞いた日を境に、アンジェラと彼は普通の主従に戻った。
アンジェラは今まで通り軽口も叩くし、ヘンリーも彼女の近侍兼秘書として以前のように自分にお小言を言った。
何もかも彼女が告白する前の状態に戻ったが、ただ一つ以前と変わった事がある。
お互い、相手の目を真っ直ぐ見ることが出来なくなった。
ヘンリーにしてみればアンジェラと顔を合わすことにまだ、気まずさがあるのでろうし、彼女も――自分でもしつこいとは分かっているが――初恋は実らなくても、彼に対する想いを直ぐに無かったことには出来なかったからだ。
忙しないロンドンとは違い、ここオルソープは何もかもがゆっくりとしている。時間の流れ方も、人々の動きも何もかも。
アンジェラはそれを理由にするかのように、父との『契約』に終止符を打つことを、ずっとだらだらと先延ばしにしていた。