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実業家お嬢様と鈍感従者
第12章 永遠の別れ
「ヘンリー」
お嬢様の朝食後の紅茶を用意していたヘンリーに、執事である父が声を掛けてくる。
準備の手を止めて向き直り、礼儀正しく返事をする。
「何でしょう、ミスタ・スペンサー」
「旦那様がお呼びだ。書斎へ行きなさい」
「かしこまりました」
もう何年も親子らしい会話を交わしていない父に会釈すると、メイドに紅茶の用意を任せて旦那様の元へと向かう。
旦那様はたまにこうして自分をお呼びになり、お嬢様の仕事の様子等をお聞きになるので、今回もそうなのだろうと合点する。
旦那様は彼の二人の愛娘には『タヌキ親父』などと誤解されているようだが、本当は娘が可愛くて仕方ないちょっと不器用な父親なのだ。
書斎の重厚な扉をノックし「入りなさい」との返事に促され中に入る。
部屋には旦那様一人だけで、ソファーに座って葉巻を燻らせていた。
「旦那様、お呼びと伺いました」
「ああ」
旦那様はいつも血気盛んな方だが、今日は少しだけ気力が削がれている印象を受けた。
何か自分の至らないところが主をそうさせたのかと思考をめぐらせたが、心当たりも無く、主が口を開くのを待った。
旦那様は直立不動のヘンリーをじっと見つめていたが、やがて大きく煙を吐くと口を開いた。
「アンジーが十月いっぱいで、事業から手を引く件についてだが……」
「………え……?」
開口一番、旦那様が口にされた言葉に、ヘンリーは自分の耳を疑った。
予想もしていなかった言葉に、主への返答としては相応しくない声を漏らしてしまう。
「なんだ、あいつ……。お前に言っとらんのか?」
「……伺っておりません」
ヘンリーの反応に少し目をむいて驚かれた旦那様に、彼は何とかポーカーフェイスを崩さないよう答える。
「……ふん、そうか。まあいい。詳しいことは後でアンジーから聞きなさい」
「……畏まりました」
「それで話と言うのは、お前の異動についてだ。今月中にバーナードに全て事業を引き継ぐ予定だから、お前は来月から領地(ここ)の執事に昇進させようと思っている。もし他への異動希望があれば言ってくれてもいい」
「………」