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実業家お嬢様と鈍感従者
第12章 永遠の別れ
いきなりの異動に、今度はヘンリーが目を見張って驚く番だった。
咄嗟に返す言葉が出ず、舌が凍りついたように動かなかった。
(なぜ……何故、お嬢様の近侍(バレット)から外される……?)
頭の中はその疑問だけに支配され、周りから頭脳明晰と評される思考能力は、全く役に立たなかった。
「お前は今まであの子の近侍兼秘書として良く頑張ってくれた。しかし事業をしないのであれば世話はメイドで事足りる。これでも私は父親だ……嫁入り前の年頃の娘の傍に、若い男は置いておきたくなくてね」
「………………」
絶句したヘンリーへ旦那様はさらに念を押すように一瞥し、留めを指された。
「勿論お前のことは信用しているが、悪く思わないでくれ点」
「…………はい」
自分の気持ちを見透かされている――そう思った。
お嬢様から一方的に好意を寄せられたとはいえ、道化師のような自分はいみじくも叶わぬ想いを持ってしまった。
「お前の祖父も家令としてはもうだいぶ年だからな。年金と家を与えて隠居させてやりたい。家令の後任はお前の父の予定だから、お前は父の後をついで欲しい。……私はお前に期待しているのだよ」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます」
ヘンリーは頭を垂れて、謝辞を述べる。
きっと旦那様のこのお言葉は本心からのものなのだろう。
旦那様は常識から考えてありえない、一介の使用人である自分に教養をつけてくださったのだ。
(そうだ……。どんなことがあっても、私はこの伯爵家を裏切ることは出来ない……)
「返事は三日後までには出せそうか?」
「……はい」
「では以上だ。何も質問が無ければ、下がっていい」
頭を下げ続けるヘンリーに、旦那様が話は終わったと告げられた。
彼は再度深く礼をする。
「失礼いたします」
背を向け辞去するヘンリーの背中に、旦那様の絡みつくような視線を感じたが、彼は振り返らずに退室した。
お嬢様の書斎へと向かう足が、どうしても足早になる。
何故こんな急に事業から手を引くのか、と問いただしたい思いに、思考が占拠される。
しかし使用人の自分がその思いに突き動かされて行動して良い訳がない。
ヘンリーは樫材で作られた重厚な扉の前で大きく息を吐き、何とか思考をフラットにすると扉を開けた。