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実業家お嬢様と鈍感従者
第12章 永遠の別れ
気が付くと、アンジェラは湖の畔に蹲っていた。
どうやら知らないうちに寝入ってしまったらしい。
膝の高さまで立ち込める霧の中にいるため、まだ夢の中にいるのかと錯覚してしまいそうになる。
ずっと同じ姿勢で眠っていたからか首が凝り固まっており、アンジェラは首を左右にコキコキと振り、その強張りを解く。
ぱさり。
動いた拍子に体に掛けられていたブランケットが滑り落ちる。
露に濡れそぼった草でそれが濡れてしまわないよう拾おうとして、その手が止まる。
「……ヘンリー……?」
ブランケットなど持ってこなかった。
濃霧で彼女の体が濡れて凍えないように、と慮(おもんばか)ってかけられた、それ。
すばやく立ち上がって辺りを見回すが、勿論そこには誰の姿も見受けられない。
「……――っ」
目頭が熱くなり、視界が霞む。
(泣いては駄目!)
あの人のことだ、いなくなったアンジェラに気付いて追いかけ、きっと今もどこかで自分を見守っている。
小さな頃からどこででも直ぐ眠り込んでなかなか起きない、困った主を見守る為に……。
これ以上心配させたくないと思う心とは裏腹に、一度溢れた涙は留まる事を知らず、決壊した水門のように止め処なく溢れ出る。
嗚咽だけは漏らさないよう、掴んだブランケットに顔を埋めて必死に耐え、ずるずるとその場に座り込んだ。
どこまでも完璧な――私の近侍(ヴァレット)。
そして、
私は本当に、彼を失ったのだ――。
*
ロンドンへと戻るアンジェラを乗せた馬車が視界から消え去ってもなお、ヘンリーは残像を追い求めるようにその方向をじっと見ていた。
気がつくと見送りに出ていた者たちは皆、屋敷の中へと消えていた。
無意識に詰めていた息を吐き出し、きびすを返して中へ戻ろうとすると、エントランスホールにスージーが立って彼の方を見ていることに気付いた。
(ずっと見られていたのだろうか……浅ましい私の姿を……)
ばつが悪くなり、視線を逸らして軽く会釈をする。
「領地(ここ)の執事になるのですってね」
「はい」
ヘンリーの返事に彼女は大きな溜息を付いた。
「……下らない」
「………………」
スージーのその言葉に、ヘンリーはただ立ち尽くした。