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実業家お嬢様と鈍感従者
第12章 永遠の別れ
この屋敷の中で一番まっとうと思えるスージーが、両手を広げて心底呆れ返った顔をしていた。
ヘンリーは額に掌を当てて、頭の中を整理する。
「しかし……、待って下さい。何故お嬢様は私に何も仰らなかったのです? 私を……その……好いていて下さったことも、今年の誕生日になって初めて言われたのですよ?」
お嬢様がそういう状況に陥ったことを自分に言ってくれてさえいれば、彼が旦那様に謝罪して許しを請うことも出来たし、彼女が苦しむことも無かったのではないか――。
どうしてもそれが不思議だった。
「他の者にこの契約の事を話したり、十六歳の誕生日まで貴方に好きだと言ったりしては駄目っていう条件を付けられていたのよ。だからお姉様、私にもお母様にも一言も言わなかったわ」
彼女はそう言うと、「私は盗み聞きしちゃったけれどね」と肩を竦めた。
「そんな……、無茶苦茶ではないですか!」
十歳の貴族の子女は子供部屋で一日の大半を家庭教師と過ごし、俗世間から隔離された箱庭で育てられる。
そんな全くの世間知らずの娘が思い描いた空想を叩き潰す為だけに、旦那様はこんな大それた正気とは思えないことを愛娘に強いたと言うのか。
ヘンリーは驚愕を通り越した憤りの感情をどこにぶつけることも出来ず、近くの木の幹に拳をぶつけることで何とか怒気を逸らした。
「そうよ、無茶苦茶なのよ、何もかも! ……でもね、お馬鹿なお姉様は『貴方が欲しい』ただその一心で、十歳から事業を起こすために必死に頑張ってきたのよ。もう、ホント馬鹿……」
「そんな……」
自分への気持ちはまやかしであるとスージーに否定しようとした時、アンジェラの泣き顔が頭の中をよぎった。
前年比の目標達成が危ぶまれて追い詰められた時、一人で抱え込んでヘンリーの協力を拒んだ弱々しい彼女。
たかが子供の我侭だけの為に、あそこまで頑張れるものだろうか……。
「………………」
(私は……。私は、ものすごい間違いを犯してしまったのではないだろうか――)
呆然として立ち尽くしたヘンリーを、スージーはじっと見つめていた。
そして彼を試すように口を開いた。
「貴方……、ここまで聞いてもお姉様の幸せは貴族と政略結婚して、伯爵家を継ぐことだって言うの?」
「……私は……」