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実業家お嬢様と鈍感従者
第12章 永遠の別れ
ただヘンリーはそんなものに押しつぶされている訳にはいかなかった。
高額な寄付金に授業料を支払って、自分を入学させてくれた旦那様に、少しでも早く恩返しが出来るよう死に物狂いで勉強し、分別のある大人の『仮面』を付ける術を身に付けた。
そして田舎ではガキ大将で鳴らしたヘンリーは、入学一ヵ月後には学年首席の教養をもつ、物静かな優等生へと変貌していた。
最初は辛かった学生生活だったが、七年間の在学中、自分にはかけがえの無い友人も少なからず出来た。その中の一人がマットだった。
スコットランド領ロックウェル伯爵家次男の彼と付き合うようになったのは、十六歳の頃からだった。
授業の内容があまりにも実践にそぐわず理論的で物足りなかったヘンリーは、よく図書館に籠もって自分なりに研究していた。
そんな自分に彼のほうから声を掛けてきたのだ。
「『業務分析と経営診断』なんてものを読んでいる生徒がこの学校にいるなんて、驚きだ」
ふいに掛けられた言葉に書籍から目線を上げると、彼が笑って自分のいる机に座っていた。
「ロード・ロックウェル。この本をご入用ですか?」
ヘンリーの返事に彼はおっという顔をして、人懐っこい笑顔を返してきた。
「マットでいい。もう読んだよ。君は……」
「ヘロルド・スペンサーです」
「ヘンリーか。これは読んだか?」
彼は勝手にヘンリーの愛称で呼ぶと、一冊の本を目の前に置いた。
「いえ、まだです」
その本は次に借りようと思っていたが、自分は首を振ってそう応えた。
「それを読んでいるって事は、企業経営に興味があるってこと?」
彼は自分の何が気に入ったのか、楽しそうに話し続ける。
「まあ、そんなところですね。領地での采配も似たところがありますし」
「なんだ。貴族の跡継ぎか。つまらん」
彼はヘンリーが貴族の嫡出だと取ったらしく、途端に興味を失ったようなつまらなさそうな表情になった。
「いえ、私は使用人です。代々伯爵家の家令を勤める家の生まれのもので」
また「ただの使用人のクセに出しゃばるな」と言われるのかと覚悟したが、マットは興味深そうな表情を前面に出してあれこれと聞いてきた。
ヘンリーは変わった人だなと思いながらも丁寧に質問されたことに答えていく。