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実業家お嬢様と鈍感従者
第13章 タイムリミット
アンジェラの答えに少し目を見張って驚いた様子の母は、
「百点満点のお返事ね」
と笑って彼女の手を取った。
「アンジー、会社などから手を引いてくれて、お母様はとても喜んでいるの。貴女ったら子供の頃から勉強と仕事ばかりで女の子としての幸せなんてこれっぽっちも興味を抱いてくれなかった。これからは女としての自分の人生を歩みなさい」
アンジェラは手の震えが母に伝わらないように堪えながら、自分に相応しい答えを口にした。
「……はい、お母様」
翌日は社交界デビューに使う何枚ものドレスの試着を、その翌日からは母の知人のサロンや昼食会に招かれ、社交界でのノウハウをご婦人方から聞かされた。
また、合わせてアンジェラの十七歳の誕生日舞踏会に向けての準備も行われ、父と妹も領地からロンドンへと戻ってきた。
何を見ても彼の事を思い出す。
それほどまでに自分達は、ずっと寄り添うように傍にいた。
幼なじみで、乳兄妹で、主従。
それは時にアンジェラに幸福を、あるいは会えない寂寥感をもたらす。
しかしばたばたと忙しい日々が、ヘンリーがいないという現実を忘れさせてくれた。気がつくと誕生日が翌日に迫っていた。
ヘンリーとの『約束』と、父との『契約』各々の終わりの日、なかなか寝付けないアンジェラはバルコニーに出て、見るとも無しに月を見上げていた。
怖かった。
謁見も、社交界も、婚姻も。
この家に生を受けてから、湯水の様に金を注ぎ込まれ、手塩にかけてここまで大切に育ててもらった。
その期待に応えなければならないことは、十分すぎる程分かっていた。
プレッシャーが心に重く圧し掛かり、足がわなわなと震えていうことを利かなくなってくる。
誰かに縋り付きたかった。
心の内を吐き出してしまいたかった。
こんな弱い自分が伯爵になどなっていいのだろうかと視線を落とした時、ふと、以前ヘンリーに縋り付いて泣いてしまった時のことを思い出した。
暖かくて逞しい、彼の腕の中――。
すると、少し胸のつかえが軽くなった気がした。
(大丈夫。私の中には彼との思い出が、一杯溢れている)
ぎゅっと思い出を抱き締めるように、自分の身体を抱きしめて息を吐き出すと、少し眠れそうな気がした。