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実業家お嬢様と鈍感従者
第13章 タイムリミット
部屋に入ろうと振り返ると、誰かがそこに立っていた。
部屋からの光を背に浴びた人影は、こちらからは逆光で誰であるのか判別が付かなかった。
気付かないうちに執事が私室に来ていたのだろうと思い至り、声を掛けた。
「テッド、何かまだ聞いていないことでもあったかしら?」
「………」
「……どうかしたの?」
返事が無いことに不安を覚えて影に近づくと、やっとヘンリーが立っているのだと判別できた。
(何で……ここにいるの?)
彼がここにいることが信じられなくて言葉にならず、お互い長い間、無言で見つめあった。
彼が全く微動だにしないので、アンジェラの心が見せた幻なのかと焦り、彼の全身を見直すが、ちゃんとそこにいるのは本人だった。
「……あ……。こ、こっちに私物を置いたままだったのを、取りに来たの? それとも明日のパーティーの人手が足りなくて、ロンドンまで駆り出されちゃったのかしら?」
思いついた考えを早口で口にし、無理やり笑顔を作る。
もう二度と会わないと決心していた彼を目の前にしてどう接すればよいのか分からない。
内心焦って彼の横を通って部屋に入ろうとすると、いきなり彼に手を取られた。
取られた手が途端に熱く感じる。
鼓動が急速に跳ね上がってそれにより眩暈を起こしそうになった。
(……っ! 何で、何でこんなことをするの?)
アンジェラは訳が分からず、思いっきり乱暴に手を振り解いた。
いい加減にして欲しかった。
何年も何年も彼を求めて走り続け、結局彼は自分の愛に応えてくれなかったのに、何で今更――彼はここに居る?
正面から睨み返すアンジェラを苦しそうな顔で見返したヘンリーは、また彼女の手を引き寄せて、今度はその胸の中に抱き締めた。
「いやっ……!」
(嫌っ! これ以上、私の心を掻き乱さないでっ!)
もう、限界だった。
これ以上彼に自分の心を抉られたら、心が壊れて正気を保って生きていく自信が無かった。
彼のことを憎みたくなかった。
(綺麗だけれど苦味を伴った思い出にしておきたい……。それ位の自由、許してくれたっていいじゃない!)