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実業家お嬢様と鈍感従者
第13章 タイムリミット
パニックに陥ったアンジェラは必死にヘンリーの胸を押し返したが、彼は彼女の頭と腰をさらに抱きこみ、ぴったりと身体を合わせた。
糊の利いたシャツの香りと懐かしい彼の微かな体臭と一緒に、どくどくと早鐘を打つヘンリーの力強い鼓動が彼女の中に流れ込んでくる。
恋焦がれた彼からの抱擁。
その幸福が全身の血管にアヘンのような気持ちよくさせる物質を拡散させ始め、強張っていた身体の力がだらりと抜けた。
そして抱擁の暖かさが、アンジェラの思考までもどろどろに溶かしていく。
(もし、この身体を私だけのものに出来るのであれば……一生、心を貰えなくても……いいかもしれない……)
ヘンリーの熱に浮かされたのか生まれて初めて、アンジェラの心の中に今までは忌み嫌っていた、上流階級の怠惰な肉欲への餓えが広がっていく。
『君も望むなら愛人を囲えばいいよ』
頭の隅に、マシュー卿の屈辱的な言葉が掠める。
「………………」
(もし、彼に私の『愛人』として仕えろと命令したら……彼は使用人として、それを叶えてくれるのだろうか……)
朦朧とした思考のまま、そう口を開こうとした時、
「アンジー……」
擦れた声で彼女の名前を呼ぶ彼の熱い吐息が耳にかかり、アンジェラの背中を何かがぞくぞくと走り抜けた。
「………っ!」
アンジェラの心臓はバクバクとけたたましく脈打ち、顔から火が出るかのごとく、熱く赤く火照った。
あまりの衝撃に歯が噛み合わず、気を抜くと「あわあわ……」と変な言葉を口走りそうだ。
(やっぱり『愛人』なんて、絶対無理! こうやって抱き締められているだけで、もう死んでしまいそうなのに……)
「お嬢様?」
アンジェラの様子がおかしいのを感じ取ったヘンリーが、心配そうにお互いの身体を少しだけ離す。
ヘンリーの大人の色気に当てられて腰砕け状態になった彼女は、へなへなとその場にしゃがみこんでしまった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
傍に膝まずいて心配してくるヘンリーを、アンジェラはまるで八つ当たりのよう潤んだ瞳で上目
遣いに睨んだ。
(この人ったら、どれだけ自分が素敵で魅力的か、無自覚にも程があるわ!)
きっと彼からこんな風に抱き締められたら、世界中の女性が腰を抜かすはず! とアンジェラは意味不明なことを頭の中で言い訳していた。