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午睡の館 ~禁断の箱庭~
第2章 後編
「それに、うわごとでずっと謝っていた……「ごめんなさい」と……」
真っ青になった櫻子は、反射的に自分の体を抱きしめる。
「話してくれないか……誰にやられているんだ……?」
「………」
「おじいさんか……?」
渡邉の頭の中では百パーセント兄の雅弥によるものだと結論付けているのに、現実から少しでも逃避したいという弱い心が、そう言葉を発せさせる。
「……おじい様のせいなんです……おじい様がお兄様を追い込むから!! だから、お兄様は……っ!」
「………」
やはりという思いが、渡邉の心に重い澱(おり)のように降り積もる。
「お兄様は……私をもう一人の自分だと思っているんです……」
「……え……」
交代人格、という言葉が渡邉の頭をよぎった。
幼少期に虐待を受けた子供が、その苦痛から逃れる為に作る『もう一人の自分』。
通常、それは子供本人の中に作られる、しかし――、
「……私とお兄様が、あまりに似ていすぎたから……」
「………東儀」
自分を守る様にぎゅっと肩を抱いた櫻子に、言葉を失う。
でもだからと言って、このまま櫻子を雅弥の自分への虐待の身代わりにさせる訳にはいかない。
「東儀……」
「先生。私……」
言いかけた渡邉を遮る様に、櫻子が口を開く。
「先生に憧れていました」
「え?」
唐突な桜子の告白に、渡邉は返答に詰まる。
「先生は人気者で明るくて、誰にでも優しくて……私とは正反対で……ずっと、入学式の頃から……」
「東儀……」
「私、嬉しかったんです。先生に「友達をつくらないのか」って言われた時……今までの先生達は、祖父の顔色ばかり気にして、私に関わろうとしなかったから……」
「東儀……俺は……」
「分かってるんです。先生は先生なんだから……みんなのものなんだから……」
「東儀……っ」
気が付くと、渡邉は櫻子を腕の中に抱きしめていた。
脳は「生徒に何をしているんだ!」と腕を解く指令を発しているのに、渡邉の身体はいう事を聞かず、さらにきつくその細い体を抱きしめる。
「先生……」
櫻子はその腕の中で身体を小さくし、頬をほんのり薄紅色に染めていた。
あの、入学式に見た、桜色に――。
長い睫毛がふるふると所在無げに震えているのが、とてつもなく愛らしく感じられ、渡邉の胸がどくりと高鳴る。