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午睡の館 ~禁断の箱庭~
第2章 後編
「……もう、会いません……」
「……東儀、何故……?」
急な櫻子の告白に、渡邉は腕を少し緩める。
ゆっくりと顔を上げた櫻子は、その黒目がちの瞳で渡邉を覗き込む。
「だって……もう、気付いているのでしょう……? 私とお兄様の事……」
渡邉はやはりそうだったのかと、小さく歯ぎしりする。
高鳴っていた胸はいきなり誰かに踏みつぶされたかのように、苦しさを訴えかけてくる。
「俺が、説得する! こんなのはあってはならない事だ。君には自由がある、自由に進路や愛する人を選ぶ権利があるんだ」
「………」
「やめたいんだろう? こんな生活から抜け出したいんだろう? だったら――!」
「……私は……」
何か言いかけた櫻子の唇が、渡邉の目の前で生々しく光る。
思わず吸い寄せられるように、その唇に自分のそれを重ねようとした時。
急に眩暈が襲い、胃が気持ち悪さを訴えてきた。
「……先生?」
「とう……ぎ……」
そう口にした瞬間世界が反転し、渡邉はその場に崩れ落ちる様に倒れた。
「せ、先生っ!? 大丈夫ですかっ?」
急に倒れた渡邉に取り乱した櫻子が、涙声で呼びかけてくる。
しかし渡邉は全身に力が入らず、舌さえもうまく回らない。
(貧血――? 男の俺が……?)
全身から血の気が引いていくような気持ち悪さを感じ始めた時、ガチャリと扉が開かれる音が聞こえた。
丈の深いじゅうたんの上を歩く、独特な足音が近づいて来る。
「お兄様! 先生が、急に……!」
渡邉の傍で膝をついておろおろしていた櫻子が、その足音の主に、そう訴えかける。
ようやく渡邉の視界に入った雅弥は、上から渡邉を見下ろすと、くっと喉で嗤う。
「やっと効きましたか……」
「……お兄様……?」
怪訝そうに兄を見つめる櫻子に、雅弥は心配ないと頭を撫でる。
「筋弛緩剤が効いてきただけだ、心配するな」
「お兄様!? どうしてそんな事……」
櫻子はあまりの事に絶句する。
筋弛緩剤という言葉に、渡邉も言うことを聞かない体を捩って反応する。
(まさかっ!? あれは濃度を間違えたら、死も――!)
真っ青になった渡邉に、雅弥は感情の見えない表情で呟く。
「紅茶に混ぜさせていただきました。大丈夫ですよ。ごく微量ですから死にはしません。ただ、数時間ほど体は動かせないと思いますが」