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午睡の館 ~禁断の箱庭~
第2章 後編
七月。
長かった梅雨が明け、初夏の日差しが木々や花達を鮮やかに照らしている午後。
櫻子は親族席に座り、弔問に訪れる親族や関係者たちを遠い目をして見つめていた。
「櫻子ちゃん、元気出してね。叔母さん達が付いているからね」
「まだこんなに若いのに、両親祖父にも先立たれて……不憫だこと……」
親族たちが次々に述べていくお悔みの言葉に、櫻子はあいまいに会釈を返していく。
ついとずらされたその視線の先には、喪主としてテキパキとスタッフたちに指示を出す雅弥の姿があった。
自分と同じ顔の男が、視線の先に喪服を着て立っていることに、櫻子は今更ながらに妙な気分になった。
献花台の上に設えられた大きな遺影に目をやる。
そこには二人には似ても似つかない、厳格な表情を浮かべた老人の顔があった。
あの時の――
筋弛緩剤の混ざった紅茶を飲んだ時の、祖父の表情がちらりと櫻子の頭をかすめたが、小さく首を振って頭の中から追い払う。
(どうして私達は、こんなにも似ているのだろう……)
視線を感じ瞳を上げると、離れたところにいた雅弥がこちらを見ているのに気づく。
形のいい唇が、何かを言葉を紡ぎ、閉じられる。
櫻子も同じように、唇だけで言葉を紡ぎだす。
「東儀……」
斜め上から降ってきた自分を呼ぶ声に、瞳を上げるとそこには喪服姿の渡邉が立っていた。
渡邉と顔を合わせるのはひと月ぶりだった。
しっかりと櫻子の瞳を覗き込むその瞳は多弁に語っていたが、その口から零れた言葉は、たったの一言だった。
「これで満足かい――?」
櫻子の大きな目が少しだけ見開かれ、睫毛がふると震える。
「ええ……」
そう呟いた櫻子の微笑みは、まるで春先に咲く桜の様に、静謐で凛としたものだった。
その答えを聞いた渡邉は一つ大きく瞬く。
そして定型通りのお悔やみを述べると、焼香台へと向かった。
渡邉の後姿を見送ると、櫻子の瞳はまた遠いものを見る空虚なものに変わった。
艶めいた唇が、先ほど交わされた兄との秘め事を辿る。
アイシテイル……。
コレカラモ、ズットイッショ……。
《了》