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午睡の館 ~禁断の箱庭~
第1章 前編
「ああ、東儀の父親が他界した時期だね。母親はもっと早くに亡くしているらしいが……」
「父親の他界に、何か原因があるのかもしれませんね……」
そう呟いた渡邉に、田所は苦笑してポンと肩を叩く。
「教師として生徒の事に一生懸命になれることはいいことですが、東儀はご存じのとおり、夏休み以降はイギリスですよ。そんなに頑張っても、報われたころには、あっちです。まあ、適当にやってください」
いつも責任感の強い田所にしては、ややいい加減なアドバイスを言うと、席を立って行ってしまった。
「………」
(東儀について深入りするな……という事だろうか……、それとも、私が東儀だけを特別視していると、忠告されたのだろうか……)
特別視、しているのかもしれない……と渡邉は思う。
入学式のあの日から、渡邉はいくら否定しようにも、その目は櫻子を追っていた。
そして、思い過ごしだろうか……。
櫻子本人も、渡邉を特別視しているような気がしてならなった。
渡邉の担当教科である体育にも、あの一件以来出来る限り参加するようになったし、体育委員にも自分から立候補していた。
ふと気が付くと、櫻子が渡邉の事をひたとその黒い瞳で見つめている。
それも数度ではなかった。
だからと言って、友人はやはり作ろうとしない。
(東儀は俺の事を……?)
希望的観測か。
どうしても、そちらへ思考が行ってしまう。
「……俺は教師だ……」
渡邉は自分の妄想にも似た考えを振り切るために、内申書のファイルをパタンと閉じると、決心する。
(このままでは、いけない……来週の家庭訪問で、とにかく事情を把握しよう……)
家庭訪問の日。
東儀家に車で到着した渡邉は、その圧倒的な財力に度肝を抜かれた。
門を入ってから数分は掛かる庭を抜け、その先にあったのは西洋のマナーハウス(貴族の邸宅)と言っても過言ではないほどの館だった。
実は渡邉自身、自分はぼんぼんだと思って育ってきた。
両親は一代で予備校、塾、教材の通信教育のシステムを立ち上げた人物で、小さな頃から甘やかされて育ってきた。
教員免許を取ったのも親の勧めで、ゆくゆくは企業のトップの座に就くことを嘱望されていた。
その渡邉が度肝を抜かれるのであるから、その財力というのは、学園の生徒にも多い成金では太刀打ちできないものだった。