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海猫たちの小夜曲
第2章 絶望の始まり ~海色のグラスと小麦色の少女①~
 ダイビングショップという商売がどれほど儲かるのは知らないが、基本的にダイビングのお客さんというのは週末か祝祭日、それと長期の休みにしか来ない。もちろん、平日に来るお客さんが0というわけではないけれども、そういう人を当てにしても、商売は成り立たないだろう。
 第一、関東圏なら伊豆、関西圏なら紀伊半島など、ここよりもっとメジャーなスポットは山ほどあるわけで、わざわざ、この八潮津という不便なところまで来てくれるお客さんそのものが貴重なのだ。

 そういう事情もあって、ダイビングショップの店長は、昼時と夕方はカフェの店長に変身する。
 店長によれば、通年で収入を得るための苦肉の策らしいが、最近はむしろ、ダイビングショップよりカフェのほうが流行っていた。あたしに言わせれば、メニューのうち、お酒とお酒の肴の比率のほうが高いお店のどこがカフェなんだ、ただの居酒屋じゃないか、と思うのだが、そのカフェという呼称も含めて、店長の苦肉の策らしかった。

 そして、あたしは、そのカフェとは名ばかりの居酒屋で、8時過ぎまで働いて家に帰る。
 土日や祝日はダイビングショップのスタッフとしてお店に出る。
 水泳部の練習に出る日以外は、それがあたしの日課だった。

 店長に挨拶して、Tシャツとジーンズとエプロンに着かえると、あたしはいつものように厨房で仕込みを手伝う。焼き鳥の串打ちやら、刺身用のイサキやアジを3枚におろすのが、今日のあたしの仕事だ。
 16歳の女の子が、と言って驚く人もいるが、別に特別な技術、というわけでもない。
 出刃包丁くらいは、小学生の時に、おばあちゃんに捌き方を見せてもらって、自分で何回かやってみると自然に使えるようになった。それは父や母のいないあたしにとって、確実に学ばなければいけない技術だったのだ。

 陽が落ちて、お店が開くと、ポツポツとテーブルが埋まり始める。
 平日のお客さんは、大体が常連さんだ。
 近所のおじいさんや、漁協の職員さん、そして漁から戻ってきた漁師さんたち。
 
 今日も店はそれなりに忙しくて、あたしは少しだけ昨日のことを忘れることができた。


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