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海猫たちの小夜曲
第1章 海猫の街
 電車のアナウンスが到着を告げ、僕は5月の日差しの中を、何カ月ぶりかで八潮津の駅に降り立った。
 無人駅の回収箱に切符を落とし、バラックのような小さな駅舎を抜けると、そこにはログハウスを建てるときに下見に来た時と、寸分変わらない寂れた光景が広がっていた。

 退屈そうに伸びをする野良猫たちと、空のトロ箱を積み込んだ、ホロ付きの軽トラックが行きかうだけの駅前の広場。

 そして、濃厚な潮の香りと魚脂の交じった漁港独特の匂い。

 僕は、これから秋の終わりまでを過ごすことになる、この小さな町を少しだけ歩いてみたくなった。

 幸いにも、今の僕の荷物は、あまり大きくないボストンバッグだけだ。
 主だった荷物は、事前に宅急便で送っていて、高瀬が、ログハウスの居間に山積みにしてくれているはずだった。

 僕は自動販売機で缶コーヒーを買うと、そのまま、海に向かって歩き出した。
 少しだけ高台になっている駅から緩い坂を下ると、そこはもう、漁船が横付けされている港だ。

 僕はコンクリートのブロックに腰を下ろし、久しぶりの潮の香りを味わうようにゆっくりと深呼吸してから、缶のコーヒーを飲んだ。
 ちょうど引き潮の時間で、干潟のようになったところに海猫たちが舞い降りては、小魚を先の赤いくちばしで突いているのが見える。

 僕は、これからの半年間の生活に想いを馳せながら、忙しそうに餌をついばむ海猫たちの様子を飽きもせずに眺め続けていた。





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