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海猫たちの小夜曲
第4章 冷たい海 ~海色のグラスと小麦色の少女③~
「出てけ!……出てけよ!」
 あたしは裸のまま、机の上に置いてあるダイビング用のナイフを手に取って、秀隆を怒鳴りつけた。
「……おい、冗談止めろよ。てか、何ムキになってんだよ? グラス割ったくらいで。」
 秀隆の顔に焦りの表情が浮ぶ。
 
 グラス割ったくらい、だと?
 この海色のグラスが、あたしにとってどれほど大切なものだったか、お前なんかにわかってたまるか。

「とっとと出てけ! 二度と部屋に入ってくんな!」
 あたしは声を荒げて、ナイフを両手で構え直した。

「……お前さあ、自分の立場わかってんの? あの写真、ばら撒かれたいわけ?」
 秀隆が顔に引きった笑いを浮かべて、あたしを脅してきたが、もうそんなことはどうでもよかった。
「ばら撒きゃいい! その代わり、あんたがあたしにしたことも全部、学校でぶちまけてやるからな!」
「……へえ、そういう気なんだ。後悔すんなよ。」
 最後に秀隆は薄ら笑いを浮かべると、捨て台詞を吐いてあたしの部屋を出て行った。


 秀隆を追い出した後で、あたしは砕けたグラスの欠片を拾い集めた。
 割れずに原型の残ったグラスの底には秀隆の薄汚い精液がたまっていて、あたしは改めて秀隆への怒りに震えた。
 
 今のあたしにとって、この家での苦しみを乗り越える手段は先生への想いだけなのに。
 そして、この海色のグラスは、先生が、私に示してくれた情の証であると同時に、あたしが心の中で自分の想いを紡ぎ、繋いでいくための唯一の道具なのに。
 それが、こんなにひどく壊されて、汚されてしまった。
 
 グラスの欠片を拾って集めるたびに、割れた欠片はカチャリと悲し気な音を立てる。
 フローリングの床に、あたしの涙がポタポタと溢れるように落ちていき、あたしは明け方まで声を押さえて泣き続けた。

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