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社長息子は受付嬢を愛慕う(仮)
第10章 墨の華~過ぎし日の回想録

◇◇

「……今日はここまでていいかい?」
「聖さんも、巽さんも、私が住んでいた街に居たなんて」
「『目立つな』が家訓だからね。そもそもあの頃は、伊礼という名字ですらなかったから、奏多が分からなくて通りなんだよ」

驚く彼女に向かって、僕は穏やかに笑う。
伊礼の名さえ名乗れなかった頃の懐かしい思い出……いいや、思い出になどさせない、奏多は僕のテリトリーの中に居るのだから。

「考えることは多々あれど、今日は本当にこれで終わりだよ。多少飲みすぎたみたいだしね」
「甘くてつい……」
「うん、甘くて飲みやすいから、普段は開けることがないからね。それでも奏多はお酒に強いよ」
「そんなことは……。
あの時も潰れましたし、多分普通です」
「普通は既に潰れている量だよね?」
「……あっ!」

立ち上がり、彼女の手の中にあるグラスを取り上げ、僕が一気に飲んでしまう。
奏多にはああ言ったが、本当はお酒に強いのが僕。これも付き合いを前提とした教育方針の賜物。

「もう少し飲みたかったかも……」
「明日もあるよ。
僕の権限で、来週まで奏多を休暇扱いにしているからね」
「……えぇー!?」

おや、言っていなかったかな?
敬語すらかなぐり捨て、本気で驚く奏多が可愛くて面白い。
……駄目だね、奏多を見ているとノロケばかりになりそうだ。

「だから暫く僕の家……ね?」
「で、でも……!?」
「すぐに出社すれば危険があるのではないか?
あの男のことも、首の痣のことも。せめて消えかけるまで、僕に奏多を保護させて欲しい」

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