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私を抱いて…離さないで
第3章 パパ
「………果穂」
駅構内に入り、改札を抜けてガラガラのホームへと向かう。
その道すがら、足を止め、私の両肩を掴んだ先輩が通路の端へと追い込む。
「え……」
驚いたのも束の間……瞼を薄く閉じた先輩の顔が、直ぐそこまで迫る。
「……」
逃げずに、受け入れる。
目を閉じ、柔らかな感触を感じた瞬間──鼻先でミントが弾けた様な、爽やかな匂いがした。
別に、先輩の事は好きじゃない。
住む世界も、価値観も、生き方だって違う。
だから……早く気付いて。先輩にとって、落とす価値のない女だって。
私は、先輩が思い描いてるような女の子じゃないんだから。
「それじゃ、気をつけて帰れよ」
最終に近い電車に乗り込む私に、ホームに残る先輩が声を掛ける。
出入り口の戸袋付近に立って振り返れば、優しい眼差しを向ける先輩と目が合う。
「………はい」
──間もなく、発車いたします。
ホームに流れるアナウンス。
と、先輩の右手がスッと伸び、横髪を避けながら私の左頬にそっと触れる。
「………少しでも会えて、良かった」
「……」
「おやすみ」
ジリリリリ……
プシューッ。
圧の抜けるような音を立てて、ドアが閉まる。
手垢で薄汚れた窓硝子の向こう。
爽やかな笑顔を浮かべた安藤先輩が、胸の前で手を振る。
「……」
振り返していいのか、解らない。
戸惑っているうちに動き出す電車。